レプマートのお知らせ、情報を発信しています。

有刺鉄線と鉄条網

長く掘られた塹壕陣地に、同じく張り巡らされた鉄条網。

その陰に潜んで射撃機会を待つ歩兵と、決死の覚悟で突撃を敢行する攻撃側歩兵。

戦争映画などでよく見るワンシーンですが、ここで張り巡らされている「鉄条網」というアイテム、果たしてどれぐらい効果があるものなのでしょうか。

有刺鉄線の登場

まず、鉄条網を形成している「有刺鉄線」ですが、これは針金に短く斜め切断して尖った切断面をもつ針金を巻きつけて作られる、文字通り「刺を持った針金」です。

有刺鉄線が登場したのは1865年のフランスですが、1874年にアメリカの発明家ジョセフ・グリッデンによってより簡単に作れるように改良され、広く用いられるようになります。

当初の用途は、家畜を野獣から守ったり、家畜の移動範囲を限定したり、不審者を敷地に入れないといったものでした。

広く普及した時代のアメリカは西部開拓時代。

法はありつつも、自衛努力が不可欠だった荒っぽい時代と環境でしたので、有刺鉄線は敷地の境界を示したり、牧場の柵に用いられたりと、対獣・対人どちらにも大活躍、西部開拓時代といえば「木柵に有刺鉄線、あとタンブルウィード」というまでになります。

このように広く用いられる時点で、有刺鉄線というものを突破する面倒臭さが広く知られていたのは想像に難くなく、程なくして戦場でも用いられるようになります。

戦場でのデビュー

はっきりと記録が残っている形で有刺鉄線が軍事利用されたのは、ボーア戦争のイギリス軍陣地での使用が初めてだと思われます。

第二次ボーア戦争は、イギリス軍が機関銃・塹壕・鉄条網というセットで野戦陣地構築を行った最初の戦争であり、後のスタンダードとなる野戦陣地の先駆けでもありました。

戦場の様相を大きく変えた兵器といえば、この戦争で登場した機関銃ですが、その名脇役と言える地歩を鉄条網は獲得します。

機関銃の最大の特徴は、「一台で弾幕を張れる」ということですが、これは機械の力が人間の力を決定的に越えた瞬間でもありました。

要するに、機関銃が設置された陣地に対しては、歩兵が束になって突撃しても全部撃ち殺されるということが起きるようになったのです。

しかしそれでも、当時の機関銃はまだまだ動作信頼性に欠けましたし、砲身過熱から連続での射撃にも限界がありました。

その間隙を突けば歩兵突撃が成功する可能性も残っていたのですが、そこで登場するのが有刺鉄線によるバリケードです。

有刺鉄線が複雑に絡まって杭で支えられている「鉄条網」自体に攻撃性能はありませんし、ちょっと時間をかければワイヤーカッターで切断して突破も出来ます。

しかし、機関銃が狙っている状況でその「ちょっとの時間」は命がけというのも分が悪い、死の数瞬です。

しかし、人間では鉄条網を無視して駆け抜けることなど出来ませんし、無理をすれば衣服に引っかかって身動きがとれなくなります。

身動きがとれない歩兵など、機関銃どうこう以前に、ただの的です。

ちなみに、素肌で鉄条網に引っかかると、人間の肌などはごく簡単にズタズタになり、動くたびに更に有刺鉄線が絡まって、あっという間に血だるまになります。

また、機動力という点では騎兵突撃という手も残っていたのですが、これも鉄条網の前では無力でした。

人間以上に体積の大きく、小回りの効かない騎兵が鉄条網に突っ込むのは、そのままズバリの自殺行為でした。

では、砲撃などで破壊してはどうかと考えるわけですが、ここでも有刺鉄線の特徴がそれを阻みます。

有刺鉄線の攻略

有刺鉄線は要するにタダの針金であるため、爆風の影響をほとんど全く受けないのです。

有刺鉄線を支えている杭はまだしもですが、杭だけが倒れたところで有刺鉄線はその場に残っていますので、結局はなんとか切断しなければ侵入できません。

地上における砲撃の打撃力は、大半が爆風と飛散する破片によるものですので、それが全く効果を及ぼさない有刺鉄線を砲撃で除去するのは困難極まる話でした。

結果、こうした形式の野戦陣地構築が一般化した第一次世界大戦では、前半、延々と続く塹壕にグルグルと鉄条網を張り巡らせて、機関銃座と野砲陣地を守りながらひたすら睨み合い、夜になったら奇襲を試みるという陰湿な戦いが続くことになります。

もちろん、これだけ有刺鉄線による鉄条網が一般化すると、それへの対策も出てきます。

まず登場したのが、有刺鉄線などの前線構築物を破壊することに特化した爆弾でした。

バンガロール爆薬筒」と一般に呼ばれるこの兵器は、1~2mほどの細長い筒状の容器に爆薬を詰めたもので、状況によって連結して用います。

使い方はある意味簡単で、除去したい設置物のところまで筒を伸ばして起爆、設置物を吹っ飛ばすというものです。

筒から幅1.5m程を啓開出来たそうですから、歩兵の侵入口を作るには足りたでしょう。

この工兵用装備は、シンプルな形状と、継ぎ足して長さを変えられるという点から、塹壕に隠れながらでも使用でき、1912年の初登場から今に至るまで改良されながら使い続けられています。

しかし、生身で突撃してワイヤーカッターで切り開くよりはるかにマシですが、これも安全確実とは言いがたく、今でも鉄条網といたちごっこを続けている装備でもあります。

戦車と鉄条網

そして、もう一つの解決法が、さらに戦場を変貌させることになる兵器「戦車」です。

機関銃で打ち倒されず、鉄条網を強引に突破して、塹壕を踏み越え、歩兵の進入路を作る。

これが最初に作られた戦車の役割として期待されたものでした。

そういう意味で、最初の戦車は「走ること」(走るという速度でもなかったのですが)自体が役割であり、付いている機関銃などは「せっかくだから付けておこう」というレベルのものでした。

しかし、その有用性、なにより心理的な衝撃力に着目した各国の軍はさらなる改良を試み、最終的に陸の王者が出現します。

では、戦車が発達した現在、鉄条網が無意味になったかというとそうでもなく、歩兵が携行可能な対戦車兵器の発達などで、市街戦などではやっぱり随伴歩兵が必要という話になり、その歩兵を足止めできる鉄条網は、相変わらず面倒な存在で在り続けています。

加えて言えば、鉄条網に用いられる有刺鉄線も進歩をしており、ただ単に戦車や装甲車で踏み越えれば排除できるというものではなくなっています。

昔ながらの針金で作られる有刺鉄線はコストが非常に安いため、民生用では相変わらず現役で広く使われていますが、軍事用や治安施設(有り体に言って刑務所など)にはさらに高性能の有刺鉄線が用いられています。

「Barbed Tape」「Razor Wire」と呼ばれるそれらは、一枚の薄い鋼板から直接刺というか刃のついた形でプレスされて作られるのですが、材質がスプリングのような鋼鉄で出来ていますので、耐久性が跳ね上がっています。

また、トゲの部分も硬く鋭い、まさにカミソリ(Razor)のようなものになっており、厚手の衣服でもあっけなく切り裂いてしまいます。

また、それ自体がバネのように弾力と強度を兼ね備えていますので、支柱の支えなしでも立体的な障害構造を維持できます。

ここまで来ると、ワイヤーカッターでも人力で切断するのは困難ですし、装甲車などで突破しても、切断できずに駆動部に絡まって問題を起こすようになります。

戦車の履帯やサスペンションというのもアレで案外繊細なので、こうした非常に強靭なワイヤが引っかかって絡まると、低くない確率で走行に問題を起こします。

各種兵器に比べると、脇役と言える鉄条網・有刺鉄線ですが、そのコストパフォーマンスといやらしさという点では、主役を食う勢いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です