戦闘における陸の王者、戦車の歴史は、対戦車兵器に対抗する装甲の歴史でもあります。
(余談ながら、テレビのニュースなどで、装甲車であろうが歩兵戦闘車であろうが「戦車」というのはいい加減何とかならないか、と思うのは私だけでしょうか。)
第一次対戦時の戦車は機銃の弾丸さえ防げればよかったので、今考えるとオブラートのような装甲でした。
しかしそれでも当時は歩兵たちに与える恐怖は大きかったようで、名作「西部戦線異状なし」でも、「戦争の恐怖を具現化した姿」と表現されています。
この装甲を撃ち抜く「対戦車ライフル」が登場し、対戦車兵器と戦車の装甲の「矛」と「盾」との戦いの幕が切って落とされた瞬間でした。
この兵器は戦車の装甲が厚くなると貫通は難しくなり、破壊というよりもキャタピラや覗き窓などを狙う「いやがらせ攻撃」くらいしかできなくなります。
これよりしばらく対戦車兵器は、物理的エネルギーで装甲を突き破るべく強力になっていきます。
それに対して装甲も厚くすれば良い理屈ですが、際限なく装甲を厚くすると重くて動けなくなってしまいます。
装甲を厚くせずに敵の弾を防ごうというのが「避弾径始」という考え方です。
つまり、飛んできた弾丸に対して装甲が垂直な角度だと、その運動エネルギーをまともに受けてしまいます。
しかし、装甲に角度がついていると運動エネルギーを減衰させることができます。
理論上は、弾丸の飛んでくる方向に45度の角度がついていれば、1.5倍の厚さを持つ装甲と同じ働きをすることになります。
(コミック「寄生獣」ではパラサイト「後藤」がこの原理を応用して自衛隊の銃弾を弾いています。)
この「傾斜装甲」を最初に本格的に取り入れたのがソ連の名戦車 T-34 です。
この戦車の登場はドイツ軍にショックを与え、以後開発されるドイツの戦車に大きく影響を及ぼしました。
因みに、当時T-34と戦っていたドイツの3号戦車や4号戦車は、敵戦車のいる方向に角度をつけて停車することにより、運用面で傾斜装甲と同じ効果を出そうという工夫をしました。
それからの歴代のロシアの戦車の砲塔が、曲線を描いているのはここに端を発し、第二次世界大戦の戦車の写真には、時折急ごしらえの「装甲」が見られます。
予備の戦車の履帯(キャタピラ)を貼り付けたり、土嚢を積んでいるものもあり、いずれも徹甲弾などの「運動エネルギー弾」への対策として戦場にあるもので工夫した例です。
ところが、傾斜装甲をほぼ無効にする「成形炸薬」と呼ばれる兵器が開発されました。
これは、漏斗状に炸薬を加工したもので、これによってジェット噴射が生まれてその圧力により装甲の金属が液体として振る舞い、装甲を貫通するというものです。
(ジェット噴射の熱で装甲が溶けるというのは誤解です。)
これは「化学エネルギー弾」に分類され、炸薬に点火すれば弾丸の速度には関係しない(極端に言えば成形炸薬を装甲にくっつけるだけでも良い)効果を生むので、歩兵が使える手投げ弾タイプのものまで開発されました。
現代では成形炸薬を用いた兵器として、最も目にするのは武装集団が武器として、AK47自動小銃と並んでよく持っている、対戦車擲弾発射器「RPG7」でしょう。(銃の先に菱型の回転体みたいなのがついている、あれです。)
ただ、成形炸薬は装甲との距離によって効果が大きく減衰するので、装甲本体にスキマを開けて薄い装甲をつけたり、(「スペースドアーマー」と呼ばれます。)ドイツ戦車が対戦車ライフル対策としてキャタピラの外側に付けた「シュルツェン」(スカート)が成形炸薬にも効果があることがわかりました。
もっとも、ドイツは物資が欠乏してくるとシュルツェンが鋼板ではなく金網になったりします。
もしキャタピラの外側に金網をくっつけているドイツ戦車の写真を見たら、そういう悲しい事情だと思って下さい。
現在ではこうした装甲の対策として、成形炸薬の露払いとしてもう一つ炸薬をつけた「タンデム弾頭」というものもあり、いずれにしろ、徹甲弾と成形炸薬弾のどちらかを改良してきたのが対戦車弾の大きな流れでした。
しかし1970年代後半になり、対戦車弾の革命が起きます。「APFSDS」(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabotの略で、装弾筒付翼安定徹甲弾と訳します。)の登場です。
これは徹甲弾のように「運動エネルギー弾」の一種ではありますが、それまでのものとは全く異質な考え方で作られており、弾芯は重くて耐久性のある材質で作られていて、それに矢羽のような安定翼がついています。
ライフルに比べるとゆっくりとした回転を加えられた弾丸は、砲身から出るとすぐにカバー状の覆い(これが「装弾筒」)が風圧で外れ、矢羽がついた鉛筆のような細長い弾芯が目標に飛んでいきます。
そして高速で着弾すると、高圧によって圧縮された弾芯と装甲は「塑性流動」を起こして弾芯が貫徹、というより装甲に液体状になって入り込んで破壊、この場合、先に述べた「避弾径始」は全くと言っていいほど弾丸の威力を弱めない為、傾斜装甲は無効に近いのです。
もはや装甲に打つ手は無いのでしょうか。
戦車が車体のあちこちに四角いものをつけた写真を見たことはないでしょうか。何やら始皇帝の墳墓にある「兵馬俑」の兵士が身につけている鎧を連想させる姿で、これがAPFSDS対策の装甲の一種なのです。
「爆発反応装甲」(Explosive Reactive Armour)と呼ばれるもので、何と中には爆薬が入っています。
敵の弾丸が着弾すると、中の爆薬が爆発して、その爆発の圧力でAPFSDSを無力化しようというもので、元来は成形炸薬弾への対策として登場しましたが、APFSDSにも有効であることがわかったのです。
当然、一度「迎撃」してしまえばその部分の爆発反応装甲は無くなってしまいますので、もう一度同じ所へ砲弾が当たったらどうするんだろう、などと素人考えで心配になります。
しかしこの爆発反応装甲、一つ大きな問題があり、戦車は助かるかもしれませんが、戦車に随伴する歩兵など、人が近くにいると爆発の巻き添えにしてしまうことです。
かなり広範囲に装甲と弾芯双方の金属片が飛散しますので、殺傷能力はかなり高いと言わざるを得ません。
では、最新の装甲はどういう状況なのでしょうかと言うと、まず、戦車の車体の装甲は「複合装甲」がほとんどとなっています。
これは、様々な素材の装甲をサンドイッチ状に重ねたもので、それを鋼鉄ではさみ、例えばセラミックの層はAPFSDSのメタルジェットが浸透する速度を殺す効果があるのです。
しかし一方、セラミックは衝撃に弱いので、複合装甲は従来型の徹甲弾にあまり強くないという指摘もあり、万能の装甲を作るということの難しさを物語ります。
また、最近では「アクティブ防護システム」といい、ミサイルや対戦車ロケットの接近をセンサーが感知し、散弾銃のようにして弾幕を張って敵弾を破壊しようというシステムも開発されています。
戦車の運用が市街地で多く想定されるイスラエルでは、敵は大平原を走る戦車である場合より、建物に潜んで対戦車兵器を構えている事が多いためか、各国に先駆けて戦車に配備しています。
駆け足で見てきましたが、対戦車兵器と戦車の装甲の発達という、このイタチごっこはこれからも簡単に収まりそうもありません。
爆発反応装甲は爆発で金属ハウジングを飛ばして空間装甲にするもので、APFSDSを無力化するものは極一部だけだよ。
ロシアのコンタークト5爆発反応装甲が爆発による横からの圧力でAPFSDSをへし折るよ。
あとウクライナのニージュ爆発反応装甲は装甲自体が小さいHEATになってて、爆発でメタルジェットを飛ばしてAPFSDSを切り裂くよ。ニージュはナイフや小刀という意味だよ。