古来の戦争の目的とは大量の兵を討ち、将を斃すことでは無く、本当の戦争の目的は欲しい土地を制圧し、相手が得るはずの利益や権威を奪い、その成果を持って交渉や経済活動を有利にすることにあります。
いくら野戦で勝っても、街や城を制圧しなくては勝利を得ることはできません。
城攻め
攻城戦の基本は街や城の周囲を取り囲み、補給を起って、相手が音を上げるのを待つ、我慢比べでした。
ですが、これでは、長い時間がかかりますし、戦費もかかります。
そこでテコの原理で岩を投げる巨大な投石機、槍を飛ばすクロスボウの化け物である、バリスタのような兵器が開発され、運用されました。
つぎつぎに投げ込まれる岩や槍は、城壁の中や、城、家の中に隠れてさえも、為す術なく押しつぶし、粉砕します。
戦場に攻城兵器が現れると、防衛側の兵士たちは、これからはじまる一方的な攻撃への恐怖で、震え上がったことでしょう。
さらに14世紀、攻城兵器に一つの革新が起こります。
火薬を使った大砲の登場です。
初期の大砲
大砲は初期は岩を、そして、しばらくすると鉄製の弾を飛ばすようになります。
大砲はこれまでの投石機と比べ、弾にかかるコストは高いのですが、鋳造(溶かした金属を型に流し込んで成形する方法)によって、同型のものを効率よく製作できる、という利点がありました。
これまで攻城兵器は、戦場で製作するというのが基本でしたが、大砲が登場した後の攻城戦は(これまでの攻城兵器に比べれば)攻城兵器を戦場へ大量に導入することが出来るようになりました。
この大砲の存在が、欧州の政治のあり方さえ変えていきます。
これまで、兵は必要な時に農民を徴収し、木の棒に穂先をつけた質素な槍を持たせれば良かったものが、大砲をたくさん揃え、大砲を扱える訓練された兵を常備している方が強い、とというように変わりました。
これまでの封建制による地方分権では、大砲を揃え維持することが難しくなり、多くの資金を持つ王のみが、大砲と訓練された兵をそろえた強大な軍事能力を持つことになりました。
このことにより地方領主は弱体化し、王に権力が集中、絶対王政時代への変化の一因は、攻城兵器の性能向上にあるのです。
形を変える城砦
大砲は城砦の形も変えていきました。
西洋の城というと、すらりとした背の高い白亜の城をイメージすると思います。
これは美術的な意匠というだけでなく、はしごを使って攻め手の兵士たちが城壁を越えてこないように防御するため、すらりとした背の高い城壁や城を作ったという、戦争に備えた機能的な理由なのです。
西欧では日本と違って、地震による災害はほとんど無いため、城が高ければ高いほど良く、城壁も高ければ高いほど良い、どこまでも機能的な理由が、西欧の城にはありました。
ですが、大砲はそのような城壁や城をいとも簡単に粉砕します。
これまでは穴をほったり、はしごを掛けたりして、城壁を突破していた攻撃方法を、遠距離から砲弾を大量に打ち込むことにより、背の高く、しかし薄っぺらな城壁をいとも容易く粉砕できるようになりました。
人々を守ってきた背の高い城壁は、大量の大砲の攻撃により、基礎を破壊され、崩れてしまうようになったのです。
そのため、城の形は変わり、分厚く石を積み上げるのではなく、土を盛って作った背の低いが分厚い、堡塁(ほうるい)へと形を変えていきました。
硬い岩より、柔らかい土で大砲の衝撃から身を守るというわけです。
それまで巨大な城壁によって守られ、攻め手は包囲戦術による長期戦が基本だった攻城戦は、大砲に対する防御には強いが、歩兵によっていとも簡単に乗り越えられる堡塁へと、新しい防衛設備のありかたに変わっていきました。
攻城兵器の進歩
防衛設備のあり方の変化にともない、攻城兵器である大砲も進歩し威力だけでなく、機動性も上昇していったのです。
これまで、補給地点を奪われないように、城砦を築けば事足りていたことが、馬に引かれ歩兵と同じ程度の速度で侵攻することが可能になった大砲は軍事施設を迂回し、後方の守るべき街を侵攻するようになりました。
そこで困ったことが起こります。
攻城兵器がなんのためにあるかといえば、難攻不落の城砦を粉砕するためにあります。
ですが、今や強力な攻城兵器で攻めるべき城砦は攻めることなく迂回し、後方の戦略拠点へ侵攻できるようになりました。
攻城兵器は戦争のあり方を変え続けた結果、機動戦の時代へと到達し、ついにその意味を失ったのです。
19世紀に入り、大砲はもはや攻城兵器ではなく、支援火器と名前を変えました。
侵攻する歩兵たちを援護し、小さな城である森の中に隠れた敵兵を隙間ない砲撃で吹き飛ばしたり、現代の城壁である鉄条網を破壊したり、といった役割が与えられました。
航空機の登場
航空機の登場により、拠点の防御設備を破壊する役割は、戦闘機が用いられるようになります。
空から高機動で襲ってくる、鋼鉄の鳥。
戦闘機は爆薬の詰まった、恐るべき兵器を大量に空からばらまき、もはや城壁のような防御は、空からの攻撃に対して無意味となります。
空からの攻撃に対する対抗策は、敵の航空機が防御すべき拠点の周囲に侵入できないように、こちらも航空機や、対空火器によって攻撃し、追い払うしかありません。
もし、制空権を奪われた場合は、地面を掘るなど土の中に作ったシェルターのみが、これらの攻撃から身を守ります。
このシェルターを遠隔攻撃で破壊するのは難しく、空爆で敵の反撃能力を奪った後は、歩兵によってシェルターを攻略することになります。
21世紀となった現代戦においても、かつて攻城兵器の主役だった大砲は、火砲と名前を変え、戦争における重要な兵器の一つですが、もはや火砲を攻城兵器と表現する者はいないでしょう。
敵が隠れる「城」
では攻城兵器という概念は無くなってしまったのか?
そうではありません、例えひと目で分かるような城が存在しなくなっても、敵が隠れる「城」は存在しているのです。
近年では大規模な戦争は起こらなくなりましたが、戦争は国家の大事であると、古来の兵法書にも書かれてあります。
火力が強大となった現代戦における戦争は、壊滅的な被害を双方にもたらす可能性があり、そうそう簡単に戦争はできるものでは無くなりました。
しかし現代でも、地球上のいたるところで小さな戦争は起こり続けています。
このような戦場では、巨大な城壁はなくとも、兵士たちは家屋に立てこもり、攻め手の少人数の部隊を迎え撃ちます。
ここにある意味では攻城戦といえる、小さな城攻めに似た状況があり、このような戦場で活躍する攻城兵器は、これまでのような巨大な兵器ではなく、兵士が持ち運ぶことができるサイズのものでなくてはいけません。
現代における攻城兵器は、味方にとっては安全、敵にとっては脅威、それがC4爆薬で白い粘土のような塊で、叩いても、火で炙ってさえも爆発することは無く、起爆装置を使うことで、初めて爆発するのです。
そのような安全性と強力な威力を持ち、壁や扉など、いとも簡単に破壊し、お椀状の装置を使うことで、爆発の指向性を高めるようなことも可能です。
現代の攻城戦は、こうした簡単に携行できる攻城兵器によって、どこにでもありえる、家屋という名の城を攻城しているのです。
投石機、大砲、空爆、そしてC4爆薬。
技術的にはどれも隔絶している存在ですが、兵器としての意味では、似た要素を持つ、攻城兵器の系譜と言えるでしょう。