歴史映画で、きれいな幾何学的陣形を組んだ兵士たちが、足並みを揃えて進軍する様子を見ることがあります。かつての戦争では、陣形の発達がそのまま戦術の発達、といってもいいものでした。
縦陣と横陣
最も基本的な陣形は縦陣と横陣です。
縦陣とは、そのまま軍の進行方向に対して数列に並んで進む陣形です。
この陣形の利点は最も歩きやすい道を全員が進めることで、進軍するとき多くはこの陣形を組んで進みます。
また戦闘においては、前に立つ兵が壁となり、戦場の恐怖から目を塞いでくれます。
後ろから進む兵士は、怯える背中を容赦なく追い立てますので、士気の低い、すぐ逃げ出すような軍で、縦陣は効果的でした。
反面、軍の多くが直接戦闘しない遊兵となりますので戦闘力はあまり高くなく、その上、横から攻撃されると簡単に崩壊してしまいます。
横陣は、進行方向に対して横に並んだ陣形です。
こちらは兵の大半が戦闘に参加でき、高い攻撃力が期待できます。
ですが進行する際には、歩きやすい場所を歩くもの、そうでない場所を歩くものと出てくるので、陣形が乱れやすくなります。
また後ろを遮るものがなにもないので、士気の低い兵はすぐに逃げてしまいました。
陣形の発達
最も簡単な陣形も、何度も戦争を繰り返すうちに、数人の戦略家達の手によりより高度な陣形が考案されていきました。
欧州においては、古代ローマの密集陣形、中世イギリスの突撃陣形、近世スペインの方陣、そしてナポレオン時代の散兵陣形と変化していきます。
古代ローマの密集陣形はレギオンと呼ばれ、歩兵を三列に並べることで、必要に応じて戦う歩兵を交代できました。
これは、ガリア人の散兵戦術・・・密集して歩いてきたと思ったら、急に散開し、攻撃と離脱を繰り返す陣形へと対策として考案されました。
これは持久力に優れ、後方の兵が戦闘状態にないことで、戦闘中に柔軟に陣形を変更することが可能でした。
ただしこれには突撃力が弱いという弱点があり、また兵に高度な訓練を施す必要がありました。
騎士による陣形
ローマ帝国崩壊後中世、弱体化した諸侯達は常備軍どころか、訓練された兵すらまともに用意できなくなります。
そこで非生産階級、つまり政治を行う為政者が、普段は訓練を行い強力な戦争の専門家となる形へと変わっていきました。
ヨーロッパの貴族は、かつては日本と違い家柄によるものではなく、力でどの土地を支配しているのかというものを表していました。
そのため、ヨーロッパでは王にして公爵にして伯爵と、いくつもの爵位を保有することが多々ありました。
そうした状況から、少数精鋭の貴族・・・騎士による陣形、騎兵突撃、日本では鋒矢の陣などと呼ばれています。
矢印のように中央を頂点に、左右に下がっていく三角形の形をした陣形で、突撃時に兵の数が多く見える錯覚を引き起こす効果があります。
時速40キロで人間より大きな馬に跨った騎士が、槍を構えて突っ込んでくるのですから、その恐怖は計り知れません。
例えるなら向こうから道路を走ってくる自動車に立ち向かうようなものでしょうか。
この突撃の何より心理的な効果が大きく、騎士たちより数の多い、しかし、訓練もされていない兵士たちは、我先にと逃げ出すことが多々ありました。
スペインの方陣、テルシオ
近世に入り、スペインやイギリスと言った国は、大航海時代によって得られた航路により、莫大な資金を得ました。
それによって、これまでは不可能だった常備軍の設立が可能になったのです。
スペインの方陣、テルシオは訓練された兵士だからこそ可能になった、当時最強の陣形でした。
原理は簡単で、四角形の形に並んだ兵たちが槍を構えて、突撃してきた敵を迎え撃つというもの、四角形ですので、どの方向から攻撃されても対応することができました。
突撃してきた騎士も、無数に突き出される槍を相手にしては、自分の馬の勢いのまま突き刺されるだけです。
それに射撃を行う兵士を両脇に配置することで、槍で守りつつ相手を殲滅するという戦術を取るのです。
原理は簡単ですが、これを行うには高度な訓練が必要でした。
スペインはこの陣形を維持するために指揮官の数を数倍に増やしています。
最強のテルシオですが、やはりお金が掛かり過ぎるのか、アメリカで莫大な富を得ていたはずのスペインすら、何度も破産しています。
このテルシオも、火砲の発達、そして兵の練度の向上により生まれた、散兵陣形によって敗れます。
散兵陣形
ナポレオン時代あたりから生まれたこの陣形は、ここで古代ローマと戦ったガリア人の陣形に近いものへと先祖返りします。
ですが、この陣形が古臭いものだったかというと、そうではなく、戦場で自由に散開と合流を繰り返し、銃兵、騎兵、砲兵が離れていても互いの弱点をフォローし、相手を殲滅する非常に高度な陣形です。
ナポレオンはこの陣形を駆使して、スペインやイタリアを制圧し、欧州の大半を同盟国へと変え、ついに大陸軍とまで言われるほどの巨大なフランス帝国を築きました。
現代戦で陣形というのは、大局的にはすべて散兵戦術へと代わりました。
司令部は、兵にこの拠点を制圧しろと命令するだけで、具体的にどのように進むのかは分隊長達の判断で進んでいきます。
昔のように、1000人以上の人間が、ずらりと並んで一糸乱れぬ動きをする必要はなくなりました。
しかしながら他の陣形という存在が、無くなったわけではありません。
現代戦の陣形
歩兵分隊は、前方の地雷などを調査するフロントマンや、通信を行うラジオマンなど全員が個別の役割を持っています。
そうした兵員をどこに配置するのが効果的か、局地戦における陣形は今でも重視されています。
現代戦で使われる陣形のうち主要なものは3つ。
併列縦隊、横隊、ダイアモンドの3つです。
並列縦隊とは、二列に並んだ兵士たちが進行方向に対して縦に進んでいく陣形、つまり縦陣です。
隊員の姿が見え難い夜間などでは、兵士の背中に付いて行けばよく、また前方の異常もすぐに伝わるので、統率が取りやすいという利点があり、反面、横からの攻撃に弱いという弱点があります。
横隊は進行方向に対して横一列に並ぶ陣形、つまり横陣で、前方に火力を全員が集中できるので、高い攻撃力を有します。
しかしながら、側面、後方が弱点となり、敵がどこに隠れているのかわからない状況では危険な陣形となります。
最後のダイアモンドは、ダイアモンド型に歩兵を配置する陣形です。
つまり方陣ですね。
利点も方陣の利点と同じ、全方向からの攻撃に備えることができます。
横隊ではできない敵がどこに隠れているかわからない状況で効果的です。
これらの三つの陣形は、過去に使われていた陣形を、十人程度の分隊へと落とし込み、そして高度化したものです。
現代戦術も急に生まれたものではなく、過去の戦術を技術の発展と合わせて検討し、そのコンセプトが現代にも通用すると先祖返りしたものも多くあります。
今でも、古代ローマのハンニバルや、中国の孫氏が研究されるのは、そうした古い戦術の中に、現代でも適応できるものがあるという実績からくるものなのでしょう。
そのうち、中世騎士の突撃陣形へと先祖返りした、思いもつかない新戦術が生まれるかもしれません。
ミリタリーというものは、一つの時代だけでも調べ尽くせないほど、楽しい事柄が多いのですが、別の時代に目を向けるのも、これまで気が付かなかった新しい発見ができるかもしれませんね。
ダイヤモンドケンイチのせいで特殊鋼の歯車がバキバキ折れよる