2010年、ついにアメリカ陸軍では、銃剣訓練が廃止されました。
しかしこの銃剣、歴史的に見れば革新的な発明で、この銃剣の存在が欧州のミリタリーバランスを一変させた、と言っても過言ではありません。
射撃武器に格闘能力をもたせようとする考え自体は、古くからありました。
一部のクロスボウには、先端にスパイク(刺突用のナイフ)が備えられており、急な格闘戦にはこれで対処することが可能でした。
しかしクロスボウの形状は、お世辞にも格闘に向くものではなく、さらに先端に弦が存在するので、槍のように扱うと、故障してしまう恐れがあります。
あくまで、急な白兵戦など、非常事態における自衛手段程度というものでした。
マスケット銃
ヨーロッパにおける初期の火器は、フス戦争で使われた手銃(ハンドカノン)という武器でした。
その名の通り、小さく細い大砲のような外見で、命中精度は良くありませんでしたが、歩兵用火器と初めて相対した、騎士たちの軍馬は激しい炸裂音に浮足立ち、高速で飛来する弾丸は鎧を貫きました。
これに馬車をバリケードにする戦術を組み合わせ、熟達した精兵であるドイツ騎士団を農民たちからなる、フス派の軍が打ち破るという歴史的な勝利を収めます。
ヨーロッパでは火器に対する戦略的価値が認められ、諸侯たちは火薬を使う、この新しい武器を一斉に研究し始め、現代の銃にも通じる、両手で構えて引き金を引く形のマスケット銃が登場するのに、時間はかかりませんでした。
このマスケット銃は、日本の歴史では馴染みの深い、火縄を使うタイプ、マッチロック式と呼ばれる銃です。
引き金を引くと火縄を支えている台座が傾き、火薬が乗っている火皿へと点火するというシンプルな仕組みでした。
ですが、これで命中精度も装填速度も大幅に上昇し、そしてなにより、弓やクロスボウより簡単に使い方を修得することができました。
マスケット銃の弱点
しかし、同時に騎士たちも、マスケット銃の弱点に気が付きます。
これらの銃は弓に比べ、あまりにも装填速度が遅いのです。
ナポレオンやアメリカ独立戦争といった、マスケット銃全盛期では、銃を先に撃ったほうが負けるという興味深い戦術が現れます。
これは、銃の装填速度と命中精度が劣悪なため、先に撃ったほうは距離が有るためあまり当たらず、撃たれたほうは、相手が装填する間に近づいて発砲することで、より多くの相手を撃ち倒すことができるからです。
つまり、銃の命中精度と装填速度は、そういう戦術が存在するほど劣悪なものだったということですが、騎兵と相対した場合はどうなるのか?
最初は馬が火薬の音でパニックを起こし、突撃どころではありませんでした。
しかし、その点さえ克服できれば、例えば普段から火薬の音に慣れさせるなどすれば、銃の装填速度では、馬の移動速度にとても対応できないことが分かります。
騎士は機動性を重視し、そして銃を持つことで格闘戦に弱くなった歩兵を相手にするため、重い鎧を脱ぎ捨て機動性を重視するようになりました。
どのみち鉄砲の弾丸は、重い重装鎧ですら容易く貫き、もはや鎧をつける意味はなくなりました。
弾丸を防ぐような素材の出現は、現代まで待たなくてはいけません。
銃剣の登場
さて、この騎兵に対応するために、最初は昔ながらの方法である槍を使いました。
騎士の槍より長い槍を使い、相手を馬上から突き落とすのです。
それも一人ではなく、無数の槍を密集して構えることで、なんとか騎兵を突き落とすことができました。
ですが長い槍を持っていては銃は持てませんので、銃兵と槍兵を分ける必要があります。
そうすると当時の銃は命中精度の低さを数で補っていたため、銃兵の数が減ることは攻撃力が大きく減少することになりました。
そんな中、銃の先端に刃物をつけて、槍のように使えばいいのでは? という発想が生まれたのも自然の流れだったのでしょう。
クロスボウと違い、マスケット銃は言ってしまえば鉄の棒です。発射機構は手元にあり、そして銃身は頑丈な鉄でできています。
これ以外にも、銃床の部分を鋼鉄で造り、持ち変えればハンマーとして使うという武器もありましたが、重くマスケット銃本来の使い方に支障がでてしまいました。
初期の銃剣は、プラグ式でマスケット銃の筒の中に押し込むようにして装着しました。
そうなれば発射は出来ませんし、装着にも少し時間がかかります。
それでもこれまで槍兵がいなければ、騎兵に蹂躙されるしかなかった銃兵は、銃剣によって槍となったマスケット銃で騎兵を迎え撃つことができました。
銃剣の改良
銃剣の取り付け方にも改良を重ねました。
まず銃剣の刃を銃口の下にくるように作り、ナイフの上方にリング上のソケットをくっつけます。
では、このソケットをどうやってマスケット銃に固定するのか?
その方法は簡単なもので、マスケット銃には突起と、銃剣にはL字状の切り込みがつけられました。
差し込んで捻れば簡単に固定できるというわけです。
この仕組は、ヨーロッパ中で爆発的に広まりました。
もはや槍兵は戦場での役割を失い、歩兵 = 銃兵となっていきました。
銃剣が一般的になったことで、騎士は先祖返りを起こし、再び鎧を身にまとうようになります。
胸甲騎兵は、この時代の騎兵のことで、銃剣対策の胸当てを身につけ、武器は長いランスから、サーベルへと変わります。
銃兵である歩兵は、もはや鎧を身につけておらず、長大なランスより取り回しやすいサーベルを使うようになりました。
銃剣はその後も、騎兵に対する対抗策として、マスケット銃が金属薬莢を使う現代の銃器になってからも、オプション装備として、銃口にセットできるようになっていました。
銃剣の存在意義
しかし騎兵の方は、技術的な限界を迎え、戦術的価値は下がり続け、連発式の銃、ガトリング砲が実用化され、銃剣の助けが無くても、この恐るべき兵器によって騎兵の突撃を防ぎ、壊滅できることが分かってきました。
フス戦争の舞台となったポーランドは、19世紀において欧州トップクラスの騎兵を有していましたが、第二次大戦には結果を残すことができず壊滅、軍馬の維持費や訓練費用のかかる騎兵は、戦場から姿を消していきます。