航空母艦に対する作戦は、いかに長距離から攻撃できるかで成否が決まると言っても過言ではない。
第2次世界大戦以降、世界中の軍隊がレーダーの開発に力を注ぎ、いかに早く敵機を察知して攻撃するかが重要視された。
逆に言えば、航空母艦を護衛するためには敵攻撃機が、その射程距離内に接近する前に発見し迎撃しなければならない。
つまり、迎撃機の航続距離と、それが持つ兵装の射程距離が非常に重要となってくる。
それらを備えた迎撃戦闘機として開発されたのがアメリカ海軍が誇る艦載機「F-14トムキャット」である。
F-14トムキャットの開発
1950年代、アメリカ海軍は長距離飛行、長距離攻撃が可能な迎撃機の開発をスタートさせた。
その中で、ダグラス社がAAM-N-10イーグルミサイルを開発し、その後空軍がAIM-47ミサイルと呼ばれる長射程ミサイルを開発したため、両者ともに目指す目標やスペックが似通っていたため計画が統合され、AIM-54フェニックスミサイルが共同開発された。
この長射程ミサイルを運用するには、高度なレーダーと火器管制システムを備え、さらに十分な兵器搭載能力が必要とされた。
加えてアメリカ海軍は、空母護衛のための優れた格闘戦能力までを要求していたので、新型戦闘機の開発は大変なプロジェクトとなっていた。
始めにジェネラルダイナミクス社が開発したF-111Bが試験飛行を行ったが、重量オーバー、航行速度不足、さらに空母への着艦時の不安定さなどが指摘され、採用は見送りとなった。
それから2年後、グラマン、マクドネルダグラス、リングテムコボート、ジェネラルダイナミクス、ノースアメリカンの5社が開発に名乗りを挙げたが、最終的にグラマン社が落札し、F-111BをヒントにF-14の開発をスタートさせたのである。
1971年1月に初飛行が予定されていたが、1970年の12月に前倒しで行われた。
しかし、悪天候と視界不良により短時間で切り上げられたため十分なデータを取るには至らず、9日後に再試験が行われたが、着陸の際に油圧システムが故障し、墜落してしまうという大失敗を犯した。
それは明らかに設計上のミスであったため、徹底的かつ迅速なに分析が行われ、翌年には2機目の試験飛行が行われた。
飛行については問題無かったが、ミサイル発射実験において、ミサイルの打ち出しが上手くいかず、発射直後に自機に命中してしまうという事故により墜落してしまった。
スパローミサイルは発射後に高度を稼ぐために急上昇を行う、そのため、機体後方に打ち出されたミサイルが上昇とともに、自機に激突してしまったのである。
さらに1971年の海軍による試験飛行では、カタパルトを使用した発艦試験が行われたが、着艦に失敗してパイロットが死亡するという痛ましい事故も起きている。
F-14は大型のため、機体重量が高く着艦時の機体制御が非常に難しかったのである。
その後も、様々な失敗と改修を重ねて、1973年より実戦配備が始められた。
F-14の特徴
可変翼
F-14の最大の特徴は、可変翼である。
主翼の角度が変更可能となっており、飛行速度や旋回角度などに応じて適切な空気抵抗と揚力を生み出すことができる。
開発当初はパイロットが、操縦桿のスイッチを操作することで任意に角度を変更していたが、やがてコンピューター制御に移行され、パイロットは操縦に専念できるようになった。
高速飛行時は翼が後退して、まるで急降下するハヤブサのように、スリムな形態となり空気抵抗が減少する。
これにより、燃料の消費を抑え高速で長距離を飛行することができるのである。
そして、速度が低下する格闘戦の時には翼が大きく広がり、揚力が増加するため失速せず、旋回能力が維持されるのである。
また、機体の形状そのものが揚力発生効果を最大限発揮できるように設計されている。
リフティングボディと呼ばれる形状で、翼だけでなく胴体にも揚力が発生するのである。
レーダーシステム
格闘戦能力に定評がある、アメリカ空軍のF-15イーグルが同時期に開発されていたが、模擬戦闘においては度々勝利を収めていた。
F-14は可変翼という画期的なシステムにより、長距離戦闘から接近戦までオールマイティーにこなせる夢のような戦闘機となった。
ただし、その複雑な構造ゆえにコスト増や重量増加などが指摘され、ヨーロッパのトーネード戦闘機以降は採用されていない。
F-14の特筆すべき点のもう一つは、高性能なレーダーシステムである。
最大探知距離は200㎞を超え、最大24目標を同時に追尾できる。
このレーダーのお陰でF-14は、最大射程210㎞という長距離ミサイルAIM-54フェニックスの運用が可能な唯一の機体となっている。
搭載ミサイル
AIM-54の他には中距離空対空ミサイルであるAIM-7スパローや短距離空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーが搭載可能である。
これらは、胴体下面の左右エンジンの間にある4ヶ所のパイロンあるいはAIM-7専用のランチャー、主翼根元に1ヶ所ずつあるパイロンおよびその側面にあるAIM-9専用のレールランチャーの計8ヶ所に搭載される。
AIM-54は最大6発が搭載可能であるが、その場合は着艦可能重量を超えてしまう。
そのため、未使用であった場合は着艦前に2発を海上投棄しなければならない。
F-14は、卓越した長距離攻撃能力を持っていたため、対地攻撃にも大きな力を発揮すると思われていたが、主な目的が航空母艦の護衛に絞られていたために、対地兵装の積極的な搭載は行われなかった。
当時、テレビジョン誘導が可能なウォールアイ爆弾や、AGM-88HARM対レーダーミサイルなどが開発され、F-14への搭載も検討されていたが、結局実現はしなかった。
このことが、F-14の多目的化を制限してしまい、第一線で活躍する寿命を短くしたと言えるかもしれない。
ソ連が崩壊し、世界は軍縮への道を辿り始め、強大なアメリカ軍の次なる課題はいかにしてコストを抑えるかという一点に絞られた。
大型でランニングコストがかかるF-14は、軍縮の波に押されて次第に配備数が減少していくこととなった。
エンジンの改装や、レーザー誘導爆弾の搭載、レーダーのデジタル化など様々な改修が加えられ、クイックストライクやスーパートムキャット、アタックスーパートムキャットなどの派生型も生み出されていたが、より低コストで、運用用途も多岐に渡るF/A18ホーネットに主力の座を明け渡した。
アメリカ海軍の主力戦闘機
F-14トムキャットはその卓越した長距離攻撃能力と格闘戦能力の両立により、長年に渡ってアメリカ海軍の主力戦闘機を務めてきた。
1981年の対リビア作戦ではリビア空軍相手に初の戦果を挙げ、1983年のレバノンやベンガジ、トリポリにおいてはそのレーダー能力と長距離飛行能力を生かして偵察任務を成功させている。
1991年の湾岸戦争でも実戦に投入され、イラク軍はその性能に恐れをなしていた。
また、記憶に新しい2001年のアフガニスタン戦争や、2003年のイラク戦争では作戦の中心的存在となり、小型のF/A18ホーネットにはできなかった長距離飛行をしたのちに誘導爆弾を投下して、敵陣へのピンポイント攻撃を行うなど、大きな戦果を挙げた。
その迫力あるフォルムから、トムクルーズが主演した映画「トップガン」でもスクリーンを飾り、アメリカ海軍のシンボルとまでなっていたが、現在では、展示飛行やその高性能レーダーを生かして早期警戒機として飛行任務にあたっている。