徹甲弾と榴弾
大砲で発射する砲弾は、大まかに分けて「徹甲弾」と「榴弾」に分類されます。
前者の徹甲弾は、貫炸薬によって砲弾に与えた運動エネルギーで、対象の装甲を貫通し粉砕する砲弾全般を指し、その構造や特徴によって更に様々な種類に分かれています。
後者の榴弾は、砲弾内部に詰められた爆薬を爆発させて生じる熱や衝撃で対象を粉砕、または砲弾弾殻を高速で飛散させることで殺傷することを目指します。
当然、その中間とも言える砲弾もいくつか存在します。
例えば目標の装甲を貫通した後で、さらに被害を拡大させるために内蔵の炸薬を炸裂させる「徹甲榴弾」は両者のハイブリッドと言える砲弾です。
そしてもう一つ、炸薬の化学エネルギーを利用する榴弾の分類に入りつつも、目標の装甲貫通を目的とする砲弾も存在します。
その砲弾が現代戦で大いに活躍したHEAT(成形炸薬弾)です。
モンロー効果の発見
成形炸薬弾の歴史は1888年のモンロー効果の発見まで遡ります。
アメリカの科学者チャールズ・E・モンローは、ある時、円錐状のくぼみをもつ炸薬を円錐頂点側から起爆すると、爆発によって生じる衝撃波がぶつかり合った結果前方に集中して放射され、強い穿孔力が生み出されることを発見します。
続いて、ドイツの科学者、エゴン・ノイマンはモンロー効果を元に新たな効果を発見します。
それは、モンロー効果を生み出す成型炸薬のくぼみ内部に「ライナー」と呼ばれる金属板を貼り付けることで、穿孔力を更に増加させることができるという効果でした。
これらの効果は1セットでモンロー/ノイマン効果と呼ばれ成形炸薬弾の基本原理を成しています。
こうして発見された成形炸薬による穿孔効果は、なんとか兵器利用できないかと試行錯誤されていきます。
対戦車榴弾へ
最初は、工兵が効率よく障害物を破壊する、指向性爆薬などの用途からスタートし、第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦になると、材料工学や工作技術の発達から、兵器装甲が長足の進歩を遂げ、特に戦車装甲は対戦車ライフルや榴弾で破壊することが困難になっていきます。
もちろん、戦車砲も進歩しているので、高初速の徹甲弾、硬芯徹甲弾などなら目標装甲を貫通することも可能でした。
しかし、そうした高初速砲は戦車に搭載して運用するのも大変でしたし、設計にも無理が出ます。
まして、歩兵が携行可能な装備でとなると十分な初速を得ることが難しくなったのです。
そんな要求の中で、モンロー/ノイマン効果を利用した成形炸薬弾は、対戦車榴弾として発達していきました。
ユゴニオ弾性限界
歩兵が携行できるバズーカでも変わらない装甲貫通力を発揮し、吸着地雷のような形でも利用でき、距離が開いても貫通力が減衰しない。
こうした有利な特徴を有した成形炸薬弾は戦車砲や対戦車砲でも用いられますが、特に歩兵装備で花開いていき、後にパンツァーファウストや、RPG-7と言った形で発展していくこととなります。
さて、この成形炸薬弾が実際に装甲目標に命中した時、どのような仕組みで装甲を貫通するかを理解するためには、まずユゴニオ弾性限界(Hugoniot Elastic Limit)という物理現象を理解する必要があります。
これは、「非常に高い圧力を加えられると固体も液体のように振る舞うようになる」という現象であり、その境界線を示す数値でもあります。
例えば鋼鉄の場合ユゴニオ弾性限界は1.2ギガパスカルであり、これを超える圧力を加えられると「固体の金属のまま液体のように動く」ようになります。
成形炸薬弾の着弾から貫通まで
これを踏まえて成形炸薬弾の着弾から生じる現象を順に見て行きましょう。
まず成形炸薬弾が装甲表面に着弾すると、円錐頂点にセットされた信管が作動して、炸薬を起爆します。
爆発によって引き起こされる衝撃波である「爆轟波」はまず、漏斗内側に貼られていたライナー(金属内張り)をユゴニオ弾性限界によって崩壊させます。
そして、液体のようになったライナー混じりの爆轟波は、モンロー効果によって前方に集中して吹き出します。
この液体のような金属を含んだ衝撃波のビームをメタルジェットと呼びます。
メタルジェットの速度は大体7~8km/sという猛烈な速度に達します。
この猛烈な速度のメタルジェットが装甲表面に接触すると、今度はそれに押された装甲表面がユゴニオ弾性限界に達し、液体状になります。
こうして装甲を液状化しながらメタルジェットは突き進み、ユゴニオ弾性限界を引き起こすのに十分な速度のメタルジェットを保ったまま装甲厚さを超えたら貫通というわけです。
装甲を貫通したメタルジェットはその軸線上しか加害しないのですが、実際はその穴から残りの爆風やら破片やらが侵入してきますので、目標内部は酷い損害を受けることになります。
あくまでも固体である装甲材料を運動量で押しのけながら貫徹を目指す徹甲弾とは大きく異なり、装甲を液状化しながら進む成形炸薬弾は装甲の強度を一時的に無視できるため、非常に高い貫通力を発揮するわけです。
なお、よくある誤解として「高温のメタルジェットが装甲を溶かして穿孔する」という理解がありますが、すべてが極々短時間で推移する着弾時の世界においては、金属の加熱すら追いつきません。
あくまでも装甲材料は固体金属のままであり、超高圧により瞬間だけ液体の振る舞いをしているというのが正しい理解となります。
なお、この「ユゴニオ弾性限界による装甲の液状化と侵徹」という仕組みは、安定翼付高速徹甲弾(APFSDS)も同じであり、化学エネルギー利用でも運動エネルギーによるものでも到達している所が同じという面白い状況を引き起こしています。
成形炸薬弾の弱点
このような原理によって低初速でも分厚い装甲を貫通できる成形炸薬弾ですが、運用上のデメリットもかなり多い砲弾です。
まず、装甲表面との角度が垂直からズレ過ぎると、メタルジェットが散乱してしまって貫通力が著しく落ちます。
また、成形炸薬の生み出すメタルジェットが装甲侵徹能力を持つのは、精々数十センチ程度であり距離が離れると急激に弱まりますので、装甲表面より手前で起爆させると実質無力化できてしまいます。
例えばイスラエルのMBT「メルカバ」では砲塔部分に「チェーンカーテン」という装備をしているのですが、これが名前通り鎖をのれんのように垂らしているもので、RPGなど成形炸薬弾防御のために付けられています。
成形炸薬弾がこのチェーンカーテンに触れてしまうと、装甲よりずっと手前で起爆してしまうので、装甲には実質効果なしとなるわけですね。
Chain netting attached to a Syrian T-72. Chains are meant to protect from RPG fire. The only thing is: this installation is utter nonsense. You need a whole lot more of these chains.
Israeli Merkava models show how it's done properly pic.twitter.com/dSw1LkY7wX
— Shell Shocked (@shell_blog) 2018年5月6日
また、第二次世界大戦中でも四号戦車などが車体側面にシュルツェンという、薄い鉄板を装甲から離して張ることで、成形炸薬弾の無力化を狙ったりしました。
このような、メイン装甲と間を開けて薄い装甲を施して、成形炸薬弾を無力化する装甲をまとめて空間装甲(スペースドアーマー)と呼んだりもします。
また、別の手法としては、成形炸薬弾が着弾した瞬間に反応して爆発し、メタルジェットを乱したり方向を変えてしまうことで無力化を図る「爆発反応装甲(リアクティブアーマー)」という物も開発され使用されました。
ただしこちらのタイプは、爆発時に随伴歩兵がひどい目に合う、APFSDSには効果が薄いなどの欠点があって主流から外れつつあるようです。
さらに、現代の主流となっている複合装甲に用いられるセラミック層はユゴニオ弾性限界の値が鋼鉄の10倍もあるため、メタルジェットでユゴニオ弾性限界を越えさせるのが困難であり、実質貫通不能と言ってよいです。
このため戦車砲弾としてはHEATからAPFSDSに主流が移りつつあるようです。
ただ、これら幾つもの弱点を抱えつつも、歩兵携行装備で、MBT装甲を貫通しうるという有用性は弱点を補って余りあるものです。
依然として世界中の紛争地域で成形炸薬弾が用いられ、最新戦車はその対策を外すことができきないというのが、その何よりの証拠でしょう。