軍隊調理法と言う書物を知っているだろうか?
大日本帝国陸軍が編纂、発行した料理のレシピ集だ。
主に兵営や駐屯地、後方で調理される兵食まとめられたこの本は、タイトルからするとどんなワイルドな料理が載っているのか見たいような見たくないような気分にされる。
しかしこのレシピ集はクック◯ッドもびっくりの充実っぷりで料理のイロハから基本の調理法、そして伝統的な和食からまだ庶民に馴染みのなかった洋食、デザートのレシピまで当時の最先端がつまっている。
ご飯は米麦飯や、各種炊き込みご飯、混ぜご飯、味噌汁を始めとした汁物もバリエーション豊かで和風の汁物の他、シチューやカレー汁もある。
煮物は味噌汁、煮染めをはじめ筑前煮、煮魚や切り干し大根、ひじき等和風なものだけでなく、当時まだ庶民の肉食が一般的でなかった中、豚味噌煮や牛肉軟煮、豚の揚げ煮や牛缶煮菜びたしなどが続く。
焼き物、揚げ物には魚や烏賊の焼き物の他、焼き肉や照り焼き、オムレツやカツレツ、コロッケやから揚げ等、ずいぶんとハイカラなものが並び、いま見ても羨ましくなるようなラインナップに見え、レシピを眺めているだけでお腹が空いてくる。
今ほど便利な調味料がないせいか、すべてが手作りで丁寧なレシピは、むしろ今よりも贅沢で美味しそうに見えるものも多い。
ただし、そのような充実した食事にありつけるのも営内や後方のみ、演習時や前線では飯盒炊爨や乾パン、缶詰の他、熱量食・軍粮精・元気食・粉飲料などと言う見るからに怪しげな糧食があった。
こうして読むとやばそうな感じがするが、現代風に言い換えれば、カロリーメイト・キャラメル・フリスク・粉末ジューズ(ただしすべてハイカロリー)みたいなもので案外そこまで酷くなさそうな気はする。
しかし毎日そんなものだけ食べていては不満は溜まり士気は下がってしまう。
やはり温かい食事にたっぷりのホカホカご飯を食べてこそ力が出ると言うものだ。
そこでシベリア出兵時には蒸気式の炊事車を投入したが、あまりの寒さに使い物にならなかったと言うからさすがロシア、冬将軍恐るべし。
また当時、自動車化が進む部隊に追随できる性能が求められ、九七式炊事自動車が開発され、これは自走式の炊事自動車で九四式六輪自動貨車の荷台に炊事設備を搭載したものだった。
1時間あたり500食の炊飯と汁物を750食の調理ができるこの炊事自動車は、炊飯装置は直接通電式で米と水自体が持つ抵抗で発熱し炊飯し、煮汁装置はニクロムシーズ線投げ込み電熱器で調理され、これとは別に機関余熱とガソリンバーナーを利用した沸水装置が備えられていた。
これで前線や演習地でも暖かな食事にありつけることになった、特に寒さが厳しい地方では大いに士気があがっただろうことが予想される。
さてこの炊事自動車を研究、全面改修してできたのが陸上自衛隊の誇る野外炊具1号だ。
1960年代に制式化されたこの陸自装備の中でも人気ナンバーワン車両は、パワフルな灯油バーナーを使用した炊飯器6基で、同時に600人分の炊飯が、汁物だけなら1500人分の調理が可能だ。
改良型である野外炊具1号(改)では同時稼働できる釜は4基で同時調理できる量が減っていたが、さらに改良された野外炊具1号(22改)では6釜同時調理が可能になった他、釜が分離使用できるようになり、野外炊具2号のような使い方ができるようになった。
どれも煮炊きだけでなく、搭載された小型のエンジンでコンプレッサーを回し圧縮空気でスライス、皮むき等の調理もできる。
現代でも自衛官の士気を支え、イベントではファンにカレーを振るまい愛される野外炊具には根強いファンが多く、イベントで足を止める人は多い。
1991年から培ってきたPKOでの活躍の他、阪神大震災以降、災害派遣に投入され、被災者に温かい食事を振る舞う姿は非常に心強く映る、できれば活躍する機会のないことが望まれる自衛隊の装備の中でも残念ながら活躍の機会は多いが、その活躍は国民に感謝とともに記憶されている。
非常持出袋の保存食や保存がきき、輸送も楽なパンなどは支援物資として届くのも早く、命を繋ぐ手段としてはもちろん重要ではあるが、やはり温かな食事は寒さを凌ぐだけではなく、緊張を和らげほっと一息つかせ、また明日への英気を養うためにはやはり必要なものだと思う。
特に避難生活や、インフラの停止が長期に渡る東日本大震災のような大規模な災害では、温かい食事の確保は重要だろう。
ちなみに炊き出しで有名な石原軍団は野外炊具1号と同等の炊事器を所有しており、イベントや災害支援に活躍、さすがに野外炊具1号には手が届かないが、野外炊具2号はどうだろう。
1号に搭載された釜を個別にポータブル化したような感じの野外炊具2号には、実は市販品バージョンがある。
レスキューキッチン K-1 115~145万円
レスキューキッチン K-2 76~95万円
しかもこれらはアマゾンで買える。
そして実際に災害に備えて採用している自治体はいくつもある。
どちらも約100食分の炊飯が30分ででき、汁物なら250食分が調理可能、違いはタンク容量と火力調整範囲でK-1は20%~100%、K-2は45%~100%となっている。
自治体や学校、町内会等で災害に備えつつ、イベント用にいくつか購入するのはどうだろうか?
夏はそうめんやとうもろこしを茹でたり、寒い時期に豚汁や甘酒であたたまるのも良いだろう。もちろん定番のカレーはオールシーズンおいしくいただけるし、正月には野外炊具でもち米を蒸し、餅つきイベントもいいかもしれない、お雑煮も美味しかったのでおすすめだ。
後生大事にしまっておくより、普段から使用法を習熟しておくことで、いざと言う時スムーズに使用できるだろう。
また、レスキューキッチンを使用したイベントや講習会を開催したり、市民に操作に慣れ親しんでもらうため無料(燃料は別途必要)で貸出を行っている自治体もあるので確認してみよう。
使用に慣れた市民が増えればいざと言う時動ける人間が増え、その分炊き出し以外の仕事に回せる手が増えれば一人くらい命が助かる人もいるかもしれない。
楽しく美味しく食べて人助けの手伝いができるのなら一石二鳥といえる。
充実した機能を持つ野外炊具1号の相棒に浄水セットがあり、川や池にある泥水や海水から飲料水を作り出せる夢の様な装備は8600万円と、かなりお高い、そして操作とメンテナンスができるようになる人員の育成は20週かかると言う。
ここまで行くとちょっと手を出すのは難しい、まさに自衛隊でないと運用が難しい装備だと言えるだろう。
ちなみに航空自衛隊にも自走式の炊事自動車があり、こちらは米飯・汁物・副食を同時に200人分まで調理でき、炊飯だけなら同時に600人分調理可能だ。
また、炊事釜や万能調理器の他シンクや貯蔵庫、テーブルや椅子まで備えた至れり尽くせりな仕様で、しかし残念ながら?航空自衛隊では基本的に基地の食堂が使用できるためその存在はマイナーかもしれない。
そして海上自衛隊の炊事設備も自走式で、活動の場が海上、海中であることや補給の問題で付属する貯蔵庫等の設備が大規模化しており、その自走方式によって、護衛艦、潜水艦等名称が変わる。
こちらは航空自衛隊の炊事自動車と違い非常にメジャーだが残念ながら炊事設備として認識されているか少々怪しいものがある。
しかし最近はGC(護衛艦カレー)1グランプリが各地で開催され、その炊事能力の高さを発揮している。