非致死性兵器とは
世界的に暴動やデモが頻発するようになり、その鎮圧に警察や軍隊が出動する光景をテレビ等でも目にするようになったが、暴動やデモの鎮圧には大きな課題が昔から存在している。
軍事組織同士の衝突である戦争ではなく、あくまで相手は単なる市民であることが多いため、通常の軍用兵器を使ってむやみやたらと殺傷するわけにはいかない点である。
そこで、通常兵器とは異なる非致死性兵器が用いられるようになった。
非致死性兵器として昔から現在に至るまで広く使われているものに、催涙ガスがある。
目に強い刺激を与えるクロルアセトフェノンや、目と鼻への刺激と嘔吐をもよおすクロルベンジルマロノニトリルが主に使われる催涙ガスは、各国の警察が装備しており、映画や警察物ドラマ、犯罪事件の再現ドラマでも頻繁に目にする、我々に最もなじみのある非致死性兵器といえる。
催涙ガスはランチャーやショットガンによる射出型と、手榴弾状の投擲型に大別され、ランチャーの射程はメーカーや機種により異なるが、おおむね100メートル程度を基準に運用される。
デモ隊や暴徒の指導者は前線には出ず、群衆を盾にする形で破壊活動をしていることも多いため、指導者や首謀者がいるとおぼしき、群衆の後方へとピンポイントに催涙ガス弾を叩き込むために用いられる。
ショットガンの特殊弾薬にも、催涙ガスを充填した弾で、着弾と同時に炸裂して催涙ガスを散布するフェレット弾がある。
手榴弾状のものは、投擲する者の地肩の強さや熟練度などにも左右されるが、基本的に数十メートル程度の有効射程として運用されることが多い。
手榴弾状のものは、煙幕のように催涙ガスが尾を引くのが大きな特徴で、広範囲に催涙ガスを拡散させることができるのが大きな特徴であろう。
しかし、催涙ガスは効果の出現までに約10秒のタイムラグがあるのが欠点で、約10秒なら即効性といえなくもないのでは、と思われるかもしれないが、相手が火炎瓶などの危険物を所持していた場合は、致命的なタイムラグになりかねない。
また、催涙ガスも絶対的な安全性があるわけではなく、呼吸器疾患の持病がある人に使用すると呼吸器障害を起こす危険性もある上に、屋内での使用ならともかく、屋外の場合は風向きや風速、天候にも左右されやすいのも欠点として指摘される。
そして何よりの欠点が、催涙ガスは誰にでも効果があるわけではなく、とくに一度催涙ガスの攻撃を受けると免疫ができてしまうため、催涙ガス攻撃を受けた体験者には、2回目の催涙ガス攻撃は効果がないことだろう。
また条件や程度にもより異なるが、酒酔い状態のいわゆる酔っぱらいや、麻薬や危険ドラッグの中毒患者に対しても効果は薄い(あるいは全く通用しない)こともあるため、確実性において問題がないわけではない。
そのため、催涙ガスに代わる非致死性兵器が近年は多く開発されるようになった。
非物理攻撃による非致死性兵器
弾頭を直接当てるのではなく、間接的な攻撃方法がとられる非致死性兵器の代表格といえば、閃光弾が有名である。
これもメーカーや種類により性能は異なるが、光度300万から700万カンデラ、音量170デシベル以上が標準的であろう。
日本では国内法により自動車ヘッドライトの合計の光度が最大22万5000カンデラ以下と定められているが、現実に自動車を改造しても22万カンデラを実現できるヘッドライト装備は至難の業とされるので、閃光弾の光は、肉眼はおろか中途半端なサングラスでも直視できないほどの光量となる。
音量170デシベルは、人間が音の苦痛に耐えられる限界が130デシベルとされており、ジェットエンジンの騒音でも140デシベルである。
130デシベル以上になると聴覚障害を引き起こすとされるから、それをはるかに超える音量となる。
しかし、いずれも一瞬の光と音によるものであるため、後遺症を残さずに相手を行動不能にできるというのが特徴である。
音による次世代の非致死性兵器として近年開発されたのが、遠距離音響装置(LRAD)である。
これは極端に言えば指向性の超大型スピーカーで、150デシベル級の超大音量を一定の方向に指向して浴びせかけることができる。
この超大音量を浴びせられた人は、先に述べた人間の音の苦痛に耐えられる限界を超えているため、行動不能に陥らせることができる非致死性兵器である。
また、LRADは普通に指向性の超大型スピーカーとしても使えるため、デモ鎮圧だけでなく自然災害時における緊急連絡や、治安維持にも威力を発揮すると期待もされているため、各国の警察が配備を進めているという。
しかし、先の閃光弾のように一瞬の轟音というわけではなく、(製造元はしないように推奨しているが)持続的に超大音量を浴びせ続けることができるため、仮にLRADの超大音量下でも抵抗を続けようとする死に物狂いの相手がいた場合には、持続的に浴びせかけざるを得ないケースも考えられ、本当に後遺障害が残らない安全性の高い非致死性兵器なのかは現在も議論がされている。
また、米軍が開発を進めているADSも次世代の非致死性兵器で、これは90~95GHzの電磁波を照射して、相手の皮膚温度を急上昇させて相手をその場から退散させるという。
いわば超強力な電子レンジのようなもので、電子レンジの電磁波は2.45GHz程度なのに比べると、いかに強力な電磁波を発するかが想像されよう。
旧日本軍の登戸研究所が研究していた殺人光線とされるものと原理的には酷似している。
やはり長時間当てるとやけどを起こすとされるが、皮膚の奥まで加熱が浸透しないのが特徴であるという。
物理的な非致死性兵器
物理的な攻撃による非致死性兵器は幾つかあり、ラバーボール弾やゴムペレット弾、ペッパー弾やネットガンが代表的であろう。
ラバーボール弾はスティングボール弾ともいい、数ミリから1センチ程度の小さなゴム弾を多数詰めた弾を発射するもので、着弾と同時に炸裂してゴム弾を散弾のようにまき散らすものである。
これもランチャーで射出するものと手榴弾状のものが存在する。
ゴムペレット弾はショットガンの特殊弾薬の一種で、通常弾の金属弾の代わりにゴム球が充填されているものである。
そのほか、ピンポン球ぐらいの大きさのゴム弾を射出する、玩具店で見かける子ども向け玩具の強化版のようなゴム弾射出ランチャーも存在する。
いずれも柔らかいゴムとはいえ、弾速は通常銃器の初速や通常手榴弾の破片効果に比肩するため、人体に直撃すれば大ケガするか、至近距離で当たり所が悪ければ死亡するだけの威力はあるため、相手の足下や地面に向けて発射し、威力を多少なりとも弱めて跳弾として人体に当てるのが一般的な使い方である。
ゴム弾よりも安全性の高いペッパー弾は唐辛子から抽出した液体を詰めた弾丸を、エアガンや専用銃で発射する非致死性兵器である。
構造としては、サバイバルゲーム用のペイント弾の中身を塗料から唐辛子特殊エキスに変えたようなものだが、辛味成分が極めて強く、皮膚に直撃すると火傷を負ったような強烈な痛みを一時的に発生させるほか、顔面に直撃すると辛味で目を開けることができず、激しく咳き込んでしまう効果がある。
成分は唐辛子なので後遺症は基本的に残らず(ただし唐辛子へのアレルギー体質がある場合は危険)、いかなる辛い食べ物好きの猛者でも耐え難い辛さらしいので、催涙ガスのように免疫ができるわけでもない。
また地面に連続発射することで唐辛子を広範囲に飛散させ、デモ隊を制圧するにも有効であるとされる。
エアガンでも射出できるペッパー弾は、民間施設や教育機関の防犯用の備えとしても注目されるが、最近日本の教育機関でも不審者対策用に採用が検討されつつあるのがネットガンである。
射出してからネットが展開されるのに3メートル程度必要で、有効射程は10メートルほどだが、相手に怪我を負わせずに、捕捉すれば確実に動きを止めることができるのは特筆できる。
群衆用ではなく対個人用なのが強いて挙げるなら欠点ではあるが、教育機関で不審者捕縛用に配備されている刺又では取り扱いに熟練が必要で、しかも不審者が剣術や長刀術などの達人であった場合は、むしろ近接武器で捕縛を試みるのは危険といえる。
ネットガンは非力な職員でも取り扱いができ、かつ屈強な不審者でも安全距離から捕縛できるため、教育機関でネットガンは有効な非致死性兵器であろう。
今後は民間から軍用を問わず、非致死性兵器は順次広がっていくものと思われる。