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小さい兵器みいつけた

2015年11月19日 ルーデル- ミリタリー雑学

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兵器はデカければ強い!とばかり、今も昔も脚光を浴びるのは陸・海・空とも大きい兵器です。

しかし、人間世界と同じで、兵器も大きいものばかりで成り立っているわけではありません。

しかし、「最小」となると、作られた経緯、実際に戦果はあったのか、気になります。

豆戦車 TKS (ポーランド)

第二次世界大戦の口火を切ったドイツによるポーランド侵攻戦で、ポーランド陸軍はあっと言う間に蹴散らされた印象があります。

しかし、ポーランド陸軍は旧式の装備にもかかわらず、騎兵隊でドイツ戦車に突入するなど、個々の戦闘では勇猛さを見せました。

豆戦車 TKS

その中でもエドモンド・オルリック軍曹は、5日間で4号戦車1両、35(t)戦車9両、2号戦車3両の13両を撃破しました。

この時、オルリック軍曹が駆っていたのは主砲が20ミリ機関砲のポーランド軍の豆戦車 TKSでした。

この豆戦車の長さはダイハツ・ミラより60センチも短く、幅はカローラより10センチ広いだけ、という小ささでした。

いまどき電気釜でも厚さが15ミリ以上のものがあるのに、装甲はなんと10ミリでした。

そう考えると、この戦車の挙げた戦果は偉大です。

映画にしたら、ティーガーⅠとシャーマンの行き詰まる死闘より面白い・・・見に行くのは戦車マニアだけでしょうか。

練習機 フォーランド ナット (イギリス)

時は流れて1950年台のイギリス、フォーランド ナットという地味な練習機がありました。

名前のナットは日本語で「ブヨ」という意味ですから、派手な活躍は望めそうもありません。

整備の手間は従来に比べて5分の1,価格は3分の1というのがセールスポイントでしたが、ジェット戦闘機 デ・ハビランド「ベノム」の後継争いでは、マルチロール機であるホーカー「ハンター」にはかなわずに、練習機として人生を終えるはずでした。

このシンデレラに魔法をかけてくれたのはインド空軍でした。

安い、小さい、整備しやすい」というのはお金持ちでない国にとっての魅力だったのか、23機も買った上にライセンス生産の契約までしてくれました。

第2の人生のスタートを切ったナットの出番は、まもなくやってきました。

カシミールの領有権を巡ってのインドとパキスタンの間の「印パ戦争」です。

、第2次、第3次の印パ戦争で、ナットが思わぬ活躍をしたのです。

パキスタンの主力機は、朝鮮戦争で多くのミグ15を撃ち落としたノースアメリカンF86F「セイバー」でした。

しかも空対空ミサイル「サイドワインダー」を装備して、朝鮮戦争時より格段に戦闘力が上がっていたのです。

ところが、ナットが対セイバー戦で「セイバースレイヤー」と呼ばれるほどの活躍しました。

多くの戦いは砂漠の上空で行われたため、ナットはサイドワインダーにロックオンされても、その運動性能を活かして太陽を背にして逃れます。

サイドワインダーは赤外線追尾なので、小さなナットのさらに小さな排気口より、もっと大きな熱源である、母なる太陽の暖かさを求めて飛んで行ってしまうのです。

全長9メートルと、ゼロ戦並のサイズも、的が小さいという利点になりました。

空母 チャクリ・ナルエベ (タイ)

タイが空母を保有しているのをご存知でしたか?

空母チャクリ・ナルエベ(チャクリー王朝」の意)は、第三世界の空母にありがちな先進国の払い下げでなく、スペインの会社に発注したれっきとした新造艦で、1996年に進水しました。

全長こそイタリアの「ジュゼッペ・ガリバルディ」より僅かに長いものの、排水量では2000トン以上少ない10000トンと、押しも押されぬ(?)世界最小の空母です。

The Royal Thai Naval vessel HTMS CHAKRINARUEBET (CVH 911) in the South China Sea
竣工当時はマタドール攻撃機(スペインのハリヤー)を6機運用可能で、マタドールが発信可能なように甲板もスキージャンプ式になっていましたが、マタドールはそっと退役、現在は主にシーホークを運用しているようです。

世界最小とは言え、小国タイが空母を所有、維持するのは予算的になかなか容易ではありません。

ちなみにこの艦の最大の敵は中国などではなく、儲けのためなら他国がどのような惨状になろうともおかまいなし、という「ヘッジファンド」の集団でした。
ヘッジファンドが仕掛けた通貨の空売りによって引き起こされた、1997年のアジア通貨危機によって、タイ経済は大混乱に陥りました。

その結果、防空用のVLS方式シースパローとファランクス4基を搭載する予定だったこの空母の艤装は、財政危機のために見送られ、何と竣工時には自衛用火器は機銃が4基しかありませんでした。

これではカモメくらいしか撃ち落とせません。(後にミストラル防空ミサイルが搭載されましたが)

タイの国防省は、この空母を今では「外洋哨戒ヘリコプター母艦」と言い張っていますが、国内からは「王室の役立たずのヨット」などと陰口を叩かれる始末。

しかし、2004年のスマトラ沖地震では、被災地から島民と観光客を救出するという活躍を見せています。

現在、バタヤビーチの一角でひっそり停泊しています。

リュビ級原子力潜水艦 (フランス)

プライドの高さではベジータに負けていないフランスが、1970年台半ばに初めて建造した攻撃型原子力潜水艦は、何と原潜では世界最小(実験艦を除く)となりました。

他国の攻撃型原潜が少なくとも4000トンはあるのに、この「リュビ級(宝石のルビーのことです。)は2600トンほどしかありません。(第二次大戦中の日本の伊号巡潜型でもほとんどの型がこれを上回る大きさです。)

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この小ささでは、原潜としての経済的メリットが発揮できないのですが、フランス国防省には言い分があります。

それには、フランスの原子力潜水艦開発の歴史から話す必要があります。

通常、攻撃型原潜を建造してからミサイル原潜の開発に乗り出すものですが、フランスはいきなりミサイル原潜から作り始めたのです。

この掟破りの方法を指示したのはもちろん、時の大統領、シャルル・ド・ゴールでした。

こうして後回しにされまくった結果、やっと攻撃型原潜を作る段になって、予算の都合で「通常型から色々拝借するからねー」と言われてしまったそうなのでした。

同級の潜水艦には、「サフィール」「エムロード」「アメティスト」「ペルル」と美しい宝石の名が多いのも、このような仕打ちをした後ろめたさの表れかもしれません。

核兵器 無反動砲 デイビー・クロケット (アメリカ)

最後に登場するのは冷戦期の徒花、戦術核です。

東西冷戦時代の1950年台から1970年台にかけて、物量に優るソ連の部隊を阻止するためには「戦術核」が必要だ、という考えから、多くの種類の核兵器が開発されました。

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朝鮮戦争序盤において、物量に於いて勝る東側の侵攻を止めることが出来なかったことも苦い教訓となったのです。

様々開発された中でも最小の核兵器は、無反動砲「デイビー・クロケット」です。

この名前は言わずと知れた、テキサス独立戦争時の英雄ですが、アラモの戦いで守備隊が玉砕していますから、余り縁起が良くない名前ですね。

さて、この兵器は見た目は対戦車ロケット弾の親玉くらいの大きさで、弾頭は23Kgと、投射器も含めてジープに搭載できる大きさでした。

最大射程は4Km程度で、爆発の威力は10tと20tがありました。

しかし、威力が低い10tの弾頭でも、爆発から400mの人間を即死させる強烈な放射線を放つのですから、いくらスタンド・オフ性能を十分に考慮しているといわれても、いざ使うとなったら怖いです。

今からみるとトンデモ兵器っぽいのですが、1960年台から70年台にかけて、何と2000発以上が生産され、実際にヨーロッパに配備されたのです。

当然ながら、というか幸いにも、というか、一発も使われることなく1991年に撤去、廃棄されました。

最小の兵器には、それなりの苦労はつきもののようです。

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