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日本刀は何故よく切れる

日本が誇る工芸品にして、古来の武器である日本刀。

その魅力は、鉄と炎が創りだす玄妙な味わいと、武器としての性能の高さにあるでしょう。

さて、その非常によく切れるとされる日本刀の性能の秘密はどのへんにあるのでしょうか。

まず基本的な知識として、日本刀に限らず様々な刀剣で使われている「鉄」、特に「鋼鉄」の性質について知っておく必要があります。

不思議な金属、鉄

鉄というのは地球上で最もありふれた金属であると同時に、他の元素と組み合わさることで様々な性質を発現させる不思議な金属でもあります。

そして、そのうち「炭素」を含むことで、硬度が高くなったものが「鋼鉄」です。ただし、鋼鉄と呼べるのは、ある程度の炭素含有量の範囲で、含有量が少なければ柔らかい軟鉄、多すぎると脆い銑鉄という扱いになります。

また当然、鋼鉄の範疇の中でも炭素の加減によって硬く脆いものから比較的柔らかく、しなやかな物まで様々です。

刀剣などの武器に使用される鉄は、この炭素含有量を適切に調整した鋼鉄が主となります。

古い時代だと軟鉄が使われていることも有ったのですが、少なくとも今知られる日本刀が出現してからは、鋼鉄がその主な材料となります。

刀剣類において、直接切断に関わるは、出来る限り硬く、摩耗に強い物が求められます。

故にここで、炭素含有量の高い鋼鉄が用いられるわけですが、一方で刀全体は斬撃や、打ち合いで激しい衝撃が加わりますので、ある程度の柔軟性を持っていることが要求されます。

これに対しての回答は、日本刀に関しておよそ2通り存在しました。

一つは、刃とそれ以外で異なる硬度の鋼・鉄を使用して、鍛接して一つの刀とする方法。もう一つが、一つの鋼を熱処理の調整で、硬い部分と弾力性を持った部分に分けるという方法です。

刀剣全体だと「ダマスカス鋼」や「積層鍛造」などの別の回答もあるのですが、日本刀からは外れるので措いておきましょう。

前者の、異なる鋼を接合するという方法は、現在、日本刀の作刀方法として、よく知られています。四方詰めであるとか、甲伏せであるとか、割り込み鍛接であるとかはこの部類に入ります。

非常にテクニカルな方法であるため、日本刀の素晴らしさを称える論拠として持ち出される事が多いのですが、これがもう一つの方法に対して優れているというわけでもありません。

確かに、刃の部分と棟、刀身、心材などで大きく性質を変えられるので、よく切れ折れず曲がらずを高次元で成立させる可能性があるのですが、あくまでも違う部材をくっつけていますので、根本的な強度にどうしても不安が残ります。

日本刀がよく切れると言っても、あくまで速度と重量でぶった斬る武器ですから、刀身にかかる衝撃というのは凄まじい物があります。

鍛接が甘かったりすれば、異なる部材の接合部分で裂けたり、折れたりということがどうしても心配されます。

ただそれでも、最高性能を叩き出せる可能性があるというのは十分以上に魅力的です。

鋼鉄の熱処理

もう一方、熱処理による硬度変化は、そういった強度に関する心配が少ないのが利点ですが、その前に鋼鉄の熱処理についても触れておきましょう。

鋼鉄は炭素を含んだ鉄であり、その含有量で硬度と靭性が変わってきます。しかし、硬度と靭性を決める要素はそれだけでなく、「熱処理」も大きな影響を与えます。

基本的な考え方として、「高温にしてから一気に冷ますと硬く脆くなる」「高温にしてからゆっくり冷ますと柔らかくしなやかになる」と考えておいてください。

前者を「焼入れ」、後者を焼きなましと呼びます。アバウトですがその中間に「焼戻し」という工程もあります。

この鋼の性質を利用すると、一本の刀身の部分ごとに硬度や靭性を変えることが可能になるわけです。

例えば刃の部分は急冷するようにし、棟側はゆっくり冷めるように調整するという具合です。元の鋼の性質にもよりますが、こうした熱処理中心で作られた一体成型の刀は、全体的な強度に優れ、ラフな取り回しでも折れたりしにくい、という強みが有ったようです。

それを示す例として、先祖伝来の日本刀より、軍用車の板バネを整形して熱処理した、なんちゃって日本刀のほうがよく切れて使えたなどという話も残っています。(工芸品としての価値は無いでしょうが)

実際の日本刀作刀においては、複合材料型でもこの熱処理は行われます。何しろ鍛接・鍛造の時点で、高熱がかかって冷めてを繰り返して、自然に焼きなまし状態になっているため、鍛造の終了時に焼入れをしてやらねば刃物として使えません。

この時、その微妙な温度調整をするために刀身に塗りつけるのが、焼土というものです。そして、その焼土で作られた微妙な熱処理の差が、鋼の結晶構造の差として現れ、見た目にも反映され、玄妙な美しさを持つ「刃紋」となるわけです。

刃が綺麗すぎるチタン刀

さて、ここで日本刀の切れ味について重要な点にさしかかります。先程述べたように、刀剣の刃の部分は高い硬度と、耐摩耗性を要求されます。では、その両方に非常に優れ、さらに靭性も高いチタンなどで日本刀形状の刃物を作るとどうでしょうか?

実はこのチタン刀、あんまり切れません。結論から言えば、刃が綺麗すぎるのです。

鋼鉄を高温から急冷すると硬度が大きく増すのは述べましたが、その細かい部分の話として、「オーステナイト」と「マルテンサイト」というものがあります。

大雑把に言えば、オーステナイトは普通の鋼鉄結晶で、マルテンサイトは焼入れを行った時に発生する、非常に硬い鋼鉄結晶です。成分は一緒なのですが、構造が違うことで硬さが大きく変わるわけです。

で、日本刀の刀身に熱処理を行った時、その刃を形作る鋼鉄の中ではオーステナイト→マルテンサイトの変換が行われます。

しかしこれも全部が均一に変化するわけでもなく、かなりまだらに変化が起きます。結果、刃の中にはマルテンサイトのつぶつぶが散在するような形になります。

そして、この状態で「研ぎ」をするとどうなるかというと、オーステナイトは削れやすくマルテンサイトが残るため、刃の先端ではオーステナイトの土台からマルテンサイトのトゲが、飛び飛びに生えているような状態になります。

もっとわかりやすく言うと、「ミクロのノコギリ」のような状態になるのです。

ここまでお話すればもうお分かりでしょうが、日本刀の、少なくともきれいな状態での素晴らしい切れ味というのは、このミクロのノコギリ構造にかなり依存しています。

実際、実用武器として日本刀が使われていた時代においては、出撃前にわざわざ刀を岩に擦りつけて、刃を荒らしてから出たというエピソードもあるようです。あまりに綺麗な刃では、かえって切れないのです。

この、適切な熱処理をされた鋼独特の構造を刃として、振り回した際に自然と円弧を描く刀身の反りが加わると、日本刀の素晴らしい切断力が生まれるというわけです。

もっとも、この切断力が維持できるのはせいぜい2~3回の使用までで、後は重量と鋭利さで「かち割る」武器としての性能になってしまうのが実際だったようです。長いナタですね。

ただし、その最初の切断力は凄まじく、慣れた使い手なら人体を2~3人分まとめて切断することも可能でした。(江戸期には罪人の遺体でそうした試し切りが行われていたようです。)

武器としての性能、切れ味を追求した結果、工芸品としての美しさも兼ね備えるに至った日本刀という武器、現代においても、多くの愛好家、ファンが居るのが頷ける話です。

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