砲兵はいつの時代も戦場を牽引してきました。
ナポレオンは機動力のある砲兵でヨーロッパを席巻し、スターリンは砲兵は戦場の神であると、軍事アカデミーの卒業生たちに語ったという話もあります。
ミサイルや爆撃機が発達し、砲兵はこれらのハイテク兵器に比べると、火力も射程も機動性も及びませんが、榴弾砲はこれらの兵器に比べてとても安く、生産性に優れています。
しかも、航空観測機との連携や、コンピューターによる弾着計算の速度と正確さが向上しており、今日においても砲兵科は、どの国の軍隊にも設立されています。
陸上自衛隊採用の榴弾砲、FH70
現在陸上自衛隊で採用されている榴弾砲は、Field Howitzer 1970s、すなわちFH70が採用されています。
この砲は155mm榴弾を発射できる火砲で、特徴としてはもちろん155mm榴弾砲という強力な砲弾を発射できること、そして、自走用のエンジンを備えていることです。
このエンジンは本来はフォルクスワーゲン製で、日本ではライセンスを取得して生産しており、1800ccの富士重工業製水平対向エンジンを備えています。
これにより、時速16kmというのんびりとした速度ではありますが、従来の砲に比べて高速で展開、設置を行うことができました。
このFH70は、その優れた機動性から各国で採用され、日本やこの火砲を製作したイギリス、ドイツ、イタリアの三カ国以外にも、中東ではサウジアラビア、オマーン、アフリカではモロッコ、ヨーロッパでは、ノルウェー、オランダ、東南アジアではフィリピン、マレーシアと各地で広く採用されています。
優秀な火砲であるFH70ですが、この火砲を開発する計画が発案されたのは1963年、細部仕様決定が1968年、製造開始が1978年です。
製造開始時点から換算しても30年以上前の兵器になり、そろそろ自衛隊としても、アップデートが必要な兵器です。
すでにイギリスは1999年に、ドイツは2002年に退役しています、日本もそろそろFH70の次の火砲を探さなくてはいけないでしょう。
新型の火砲、F777
新型の火砲としてF777(M777 155mm榴弾砲:M777 Howitzer)という火砲があります。
自衛隊がこの火砲を採用するかは分かりませんが、イギリスで設計、開発され、アメリカ軍が採用したこの火砲は、優れた性能を持っています。
F777はFH70と同様、155mm榴弾を発射することができます。
弾道の計算には世界中で活躍したM109A6 パラディン自走榴弾砲と同じものが使われており、新型火砲の水準を満たしています。
射程距離も他の155mm榴弾砲と、それほど変わらない水準にあり、この火砲は、新しい火砲として水準を満たしています。
価格も火砲の中では特別安いわけでもありませんし、他の火砲にくらべて整備性に優れるわけでもなく、FH70にあった自走機能は無く、この点ではFH70劣ってすらいます。
しかし、この2005年から配備が開始された新型火砲は、他の火砲より圧倒的に優れた点があり、最初に挙げた、世界最大の軍隊であるアメリカ合衆国陸軍以外にも、カナダに37門、オーストラリアに35門配備されています。
インドでも2014年にF777の採用が決まりました。
榴弾砲F777の魅力とは
平凡な性能のこの火砲の魅力とは一体何なのかというと重量で、F777の重量は3トン強。
FH70の3分の1しかありません。
F777の前任であり、同じく軽さと輸送性を重視したM198と比較しても半分の重さしかありません。
それでいて、性能を落とすこと無く、標準的な性能で収まっているこのF777はアメリカを始めとする先進国の軍隊が、採用するだけの優れた性能を持つのです。
軽量化を実現したのは、チタン合金を採用し、部品に使用したこと。
チタン合金は鋼鉄より軽く、これによりF777は従来の火砲より軽く、そして高い強度を持ちます。
また反動を受ける砲脚を短くしていることも軽量化に繋がっています。
この砲脚を短くするために、駐退機が砲身の下ではなく、左右についており重心を下げています。
砲脚自体も、後側二本の脚は射撃時の反動で後ろ側に倒れないように、前側二本の脚はその反動でつんのめって前側に倒れないように、それぞれの脚の役割を完全に分担して支えます。
これにより、従来のものより短く軽量な仕様の砲脚を実現できました。
ただ、重心が低くなったことで、装填には向かない位置に砲身が来るようになってしまい、砲身内の清掃には曲がった特別なブラシが必要です。
装填速度そのものは、従来のものより手間がかかるようになってしまっています。
しかし、その重量の軽さのおかげで、この超軽量野戦榴弾砲ことF777は、優れた輸送性能を持ちます。
トラックで牽引できるのはもちろんのこと、UH-60ブラックホーク、UH-1Nツインヒューイ、V-22オスプレイといった中型のヘリコプターでも輸送が可能になり、小型船どころかホバークラフト式の揚陸艇にも搭載できます。
また、パラシュートを着け、航空機から投下ということもでき、自走装置は付いていませんが、数人がかりなら人間の手で動かすこともでき、FH-70の自走装置を使った運用に近い動きもある程度は可能です。
F777の機動性の高さ
3トン強という軽量さは、舗装されていない路面であっても、トラックで牽引して運ぶことができます。
たとえそれがぬかるんだ泥道であっても、平和な日本でもよく見られるトラックが、山道を問題なく走れるように自由に、何の障害もなく進むことができます。
これらの輸送性能の高さは、兵器の重要な要素である機動性の高さにつながります。
平地であっても山地であっても、砂漠であっても湿地であっても、難所であっても離島であっても、陸路、海路、空路、あらゆる場所にF777は素早く配置することができるのです。
ミサイルや爆撃機の役割を、安いコストで実現するということが目的である火砲は、これらの兵器が持っている機動性に、ある程度近づくことができ、それでいてコストはこれらの兵器より格段に安いのです。
またF777の輸送プランの一つには、専用のトラックを作り自走砲のような形で運用するというプランもあり、この方式で実用化されているものには、カエサル 155mm自走榴弾砲があります。
これはトラックの荷台に榴弾砲を積んだような外見の自走砲で、発射時には反動制御のための砲脚を使用しなくては発射できないという欠点や、自動装填装置が無い(半自動装填装置は取り付けられる)という問題もありますが、戦車に近い自走砲はもちろん、装甲自動車に比べても、既製のトラックを利用するという方法で、格段に安いコストを実現しています。
このカエサル 150mm自走榴弾砲は17トン強なので、F777はさらに小型で安価なトラックで運用できるでしょう。
これはまだプランの一つに過ぎず、実現するかは分かりませんが、155mm榴弾を発射できる自走砲としては、最も安く、最も機動性の高い自走砲になることでしょう。
自衛隊の砲兵科がFH70を更新するという話はまだ聞きませんが、どのような砲兵ドクトリンで新しい火砲が選ばれるのか、それとも砲兵の装備更新は後回しにするのか。
日本のような山間の多い狭い国土では砲兵の活躍の場は多いと思うのですが、今後の展開が気になるところです。
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