中世までの戦い
古代から中世の戦場において、華となるのは騎兵、主役となるのは近接歩兵の殴り合いでしたが、実際に相手を殺傷したのは弓や弩、投槍などの投射兵器でした。
勿論、直接殴り会うことによって、多数の死者を出しましたが、やはり面と向かって殴り合っていると、お互いの防御も固く、簡単には相手も倒せません。
一方、高速で飛来する矢や、ボルトを察知して防御するというのはなかなか困難ですし、それが急所に入れば呆気なく死亡します。
そして何より、殴ろうと相手に近寄るより、遠くから撃つ方が圧倒的に早いという、身もふたもない事実が有りますので、まず撃ち合いで被害を出し合ってから、その後やっと近接での殴り合いに入る流れだったようです。
また、矢の場合、尖った矢尻が高速で、ターゲットにぶつかる事で刺さるという構造上、鎧で防ぎ切るのがかなり困難でした。
古代から中世にかけて人気あった防具、チェインメイルは特に刺突に弱かったため、こうした刺突による攻撃が中世まで非常に有効でした。
一方で、近接武器の多くは斬撃によるものでした、このように攻撃機会の多さ、防御のしにくさから、投射兵器は戦場で最も多く命を奪う手段でした。
さて、このように強力な投射兵器ですが、矢弾をどうするかという問題が常に付きまといます。
弓矢の矢は基本的に消耗品ですが、作成には意外と手間がかかり、また、結構嵩張るため、戦場まで大量に運ぶのも大変です。
勿論、刀剣類でも消耗と無縁というわけではないですが、最悪、切れなくなっても鉄の棒として殴るという使い道が有ります。
しかし、矢の尽きた弓では、そういった使い方も無理があり、矢弾が充分に用意できるかが、生命線となります。
落ちてる石で攻撃
このように矢弾の補充問題は、比較的軽い投射兵器も存在し、その最も原始的なスタイルが、投石です。
その辺に落ちてる石を拾って投げた事から始まったであろうこの遠距離攻撃は、歴史が古いというレベルではなく、下手をすると「人類」ではなかった頃のご先祖さまから使用されていたかもしれない、由緒正しい攻撃方法です。
人体と類人猿の体の構造を比較した時、人間は明らかに「物を投げる」のに向いた構造になっているそうですから、人類のご先祖が類人猿ツリーから分岐した時にはすでに、「投石」が闘争の手段になっていた可能性が高いと言えます。
さて、人類より長いであろう投石の歴史ですが、その威力はかなりバカに出来ないものがあります。
特に戦闘訓練を受けていない普通の人が全力でこぶし大の石を投げた場合、その運動量はその人の全力で撃つパンチを軽く上回ります。
武器の振り方や、格闘経験のない人は普通でも、物を投げたことのない人は稀です。
なんの防御も講じずに直撃すれば確実に怪我をしますし、頭部にヒットすればかなり危険です。
また、そうやって運動量を保持しているのは固い石ですので、目標に当たれば、ほぼそのまま衝撃力に変わり、相手に伝わります。
この衝撃力というのが曲者で、硬い金属鎧でもその衝撃を軽減することは難しく、中の人体に確実にダメージを蓄積させ、目立った怪我でなくても体力を削っていきます。
このように、かなり有効で、シンプル、確実にターゲットにダメージを与える攻撃方法が投石なのです。
この投石による攻撃は、誰でも特別な訓練なしで、石はその辺で拾えるため、特に資材も必要なくできると考えれば、なかなか恐ろしい物があります。
とは言え、やはり人力だけでは必殺とは行かず、鎧を来た相手には牽制程度の威力にとどまります。
そうした中で登場するのが「投石紐」による投石攻撃です。
投石紐とは
「投石紐」もしくは「スリング」と呼ばれるこの道具は、石をより速く、遠くまで投擲するための補助具です。
構造としては単純至極、石を包む部分と、その両端から伸びる紐でできており、この中央の部分に石をはさみ、両端の紐を持って振り回し、片方の紐を手放すことで、石だけが飛んで行くというわけです。
理屈としては腕の長さを伸ばしただけ、と言って良い道具なのですが、投石紐の効果は絶大で、使い方を訓練した人間ならば初速100km/hを越えたそうです。
さらに、その射程も当時の未発達な弓矢より長く、最大で400mに到達したとか。
300~400m先から時速100kmで飛来する石礫、これが大量に飛んでくるとなればその恐ろしさが想像できるでしょうか。
さらに、弾を無加工の石から加工した石に、更には青銅や鉛の錘にした場合の威力は凄まじく、条件が揃えば人体を貫通することも期待できたそうです。
もっとも、こうして加工した弾を使うようになると、威力が向上する代わりに補給に面倒が出てきますので、痛し痒しであったようです。
実際、このスリングは優秀な武器として古代の戦場で広く用いられ、準主力として扱われます。
加えて、使用に筋力がそれほど必要でなく、ちょっと器用ならすぐに使い方を飲み込めたので、戦力として育成するのが比較的速いという利点もありました。
さらに、先程述べたように、使用するのがタダの石ならば、特別な資材準備も必要なく、スリング自体も極めて安価、メンテナンスの必要性も薄く、かさばらないので行軍も簡単という、非常に「使いやすい戦力」として数えることができるという利点も加わります。
更に付け加えるならば、弓矢と違って片手で発射することができるという性質から、射撃時も盾を構えたままでいられる、という非常に大きなメリットも有りました。
この特徴から、弓兵部隊に対抗するための兵種として投石兵が組織・運用されることも多かったそうです。
ちなみに、この紐タイプのスリングに対し、長さの有る棒と組み合わせた「スタッフスリング」というもの存在しました。
こちらは、セットして振りかぶって振り下ろすことで、自動的に紐の片端がスタッフから外れて石が射出される、という仕組みになっていましたので、扱いがより簡単になっていました。
また、両手を使って投擲することが出来たので、より重量のある石や、油壺、焙烙玉などを投擲するのに向いていました。
ただし、初速が紐タイプほど出なかったため射程は短めで、同じ大きさの石を飛ばした場合の威力も劣っていたようです。
また、両手がふさがるので盾が使えないというのも地味に痛手でした。
近世まで使われた投石器
さて、このように非常にローコストで融通がきき、射程も十分でそこそこ以上の威力を期待できる投石兵という兵種ですが、弓矢の発達とともにだんだんと戦場の主役から外れていきます。
先程からその利点をあげてきたスリングによる投石攻撃ですが、当然弱点も多く存在しました。
その最たるものが、密集隊形を取れないというものです。
投射武器は、密集した状態で放つことにより弾幕を形成して、その脅威を大きく増すことが出来ますが、振り回す動作が必要になる投石器は密集隊形を取りにくく、かつ狙撃が非常に難しい性質上、密な弾幕を形成することが出来ませんでした。
このため、もともと火力として決定力に欠ける傾向が有ったのですが、弓矢の発達と鎧の発達でついに威力不足となり、5世紀頃をめどに戦場の主役を退いていくこととなります。
では、戦場そのものから消えたのが何時かといえば、これが案外遅く、実は弓矢と同じか少し後まで有用な武器として使われ続けます。
なにしろ、先程から述べてきたように、とにかくローコストで、農民反乱などでは度々重要な武器として用いられましたし、弓矢に対するアンチ性能も健在でしたので、合戦に先立つ射撃戦で弓矢に混ざって用いられたりしました。
さらに、時代が下って初期の擲弾などが登場すると、それを遠投するための道具としてもしばしば用いられたそうです。
結局、17世紀の近世にいたるまで投石器(カタパルト)そのものは戦場で用いられ続けました。
人類の歴史の中で、ここまで長い間使われ続けた武器というのは、ちょっと他にないのではないでしょうか。