海外直輸入から、国内ブランドまで、国内最大2万種以上の品揃え!

カート

ミリタリーショップ レプマート

第二次世界大戦

名狙撃手は存在したのか?沖縄戦、米軍司令官をめぐる謎

ミリタリーの歴史 0

By: USMC Archives

第二次世界大戦では日本だけでなく世界中の国々が激戦に巻き込まれ、おびただしい死者を出した。 日本も国力が劣勢ながら玉砕も辞さない強硬な姿勢で各地で死闘を繰り広げたことは戦史に新しい。 火力・生産力で優勢なアメリカ軍でさえ対日戦では手を焼いて時には甚大な被害を出している。 太平洋での絶望的な状況ながらの日本軍の敢闘ぶりは敵味方を問わず様々な記事や書籍で述べられているのでご存知の方も多いだろう。 日本 […]

第2の人生?意外な使われ方をした兵器たち

ミリタリーコラム 0

By: Seabamirum

当然ながら兵器は、ある目的を持って開発され、テキトーに作ったら何か戦争に役立ちそうなものができた、ということはあり得ないのです。 しかし、一生懸命作ってみても役に立たなかったが、他の用途で意外な活躍をしたり、途中で新たな活躍の場所を得た、という兵器もいくつか存在します。 ここでは、そんな兵器たちの第2の人生にスポットを当ててみました。 銃剣の代わりに まずは第一次世界大戦から。 こう着した塹壕戦で […]

継続戦争 – 血を流す外交、血を流さない戦争

ミリタリーの歴史 0

By: ri Sa

「戦争とは血を流す外交であり、外交とは血を流さない戦争である」という言葉があります。 冬戦争に続いてソ連とフィンランドの間で戦われた継続戦争ほどこの言葉に実感が伴うケースもないでしょう。 冬戦争ではフィンランド対ソ連という図式でしたが、継続戦争ではドイツが関係してきているので複雑な構図となっています。 冬戦争以来、ソ連はフィンランドへの物資の輸出入を差し止め、経済的に圧迫する一方、様々な形で内政干 […]

生死のはざまの戦場のユーモア – バトル・オブ・ブリテン編

ミリタリーコラム 0

Sir Winston Churchill

少しの運、少しの判断が生死を分ける戦場。 そんな中でも欧米人はユーモアを忘れません。 これは日本人にはなかなかできないことです。 戦争の中だからこそ、重みのあるユーモアの一部を紹介したいと思います。 第二次大戦初頭、瞬く間にフランスを降伏に追い込んだヒトラーが、イギリス軍の航空戦力覆滅を画策した空の戦いがいわゆる「バトル・オブ・ブリテン」でした。 四倍の戦力があるドイツ軍に対して立ち向かうパイロッ […]

生死のはざまの戦場のユーモア – ヨーロッパ大陸編

ミリタリーコラム 0

By: DVIDSHUB

その昔、戦場での生死を分ける一瞬の中にあっても、ユーモアを忘れずにいた人たちがいました。 その人たちの言葉の数々を、有名な戦場ごとに紹介してみます。 1944年6月、遂に連合軍は「史上最大の作戦」として知られるノルマンディー上陸作戦、オーバーロードを発動します。 その中にも無数の生と死のドラマがありました。 フランス北海岸の防御を担当していたのは名高いエルウィン・ロンメル元帥でした。 ある視察で、 […]

空に大砲がある限り

ミリタリー雑学 0

hs129 Winter Camo

攻め寄せる敵をちまちまと機銃で撃つよりも、一発ドカンと大砲で撃ってしまえ、という発想を持つのは洋の東西を問わないようです。 しかし、陸上兵器なら大きな砲を積むと、重さがかさんで機動性能が悪くなるくらいですみますが、(別にK1A1のことを言っているのではありません。) 飛行機は下手をすると飛ばなくなる可能性も出てきます。 口径が大きくなると、携行する砲弾も重くなることも忘れてはなりません。 さて、こ […]

史上稀な被撃墜王とは

ミリタリー雑学 0

Trønderbataljonen under Nøytralitetsvakta (1940)

第二次世界大戦の中で最北の戦い「冬戦争」「継続戦争」は、超大国ソ連に、小国フィンランドが独立を賭して挑んだ戦いでした。 その中で、白い死神ことシモ・ヘイヘや、無傷の撃墜王 エイノ・イルマリ・ユーティライネンなど一騎当千の勇士が生まれました。 ユーティライネンはその名の通り、一度も撃墜されたことがなかったどころか、被弾すらしなかったといいます。(実は一発食った、と彼自身が語っています。) ところが、 […]

フィンランド、サンタの国の空の死闘

ミリタリーの歴史 0

Fokker D-XXI

フィンランドという国のイメージを聞かれたらどう答えますか? ムーミン、サンタ・クロース、キシリトールという声は聞けますが、かつて人口370万人であったフィンランドが、人口1億7000万人のソ連を相手に2度の戦争したことは、一般にはあまり知られていないでしょう。 冬戦争、たった36機の戦闘機隊 1939年11月の末、ソ連の寛大な申し出を断ったフィンランドに対し、ソ連は歴史ある街、テリヨキに爆撃を加え […]

幻の巨大空母 信濃

ミリタリーの歴史 0

Battleship "YAMATO" (大和)

世界最強の戦艦が空母に 旧日本海軍の中で、知っている軍用艦の名前を挙げて見て下さいと、街ゆく人にアンケートをとってみたら、おそらく帰ってくる答えとして一番多いのは、戦艦大和ではないでしょうか。 少し近現代史が好きな人や、空母に歴史の知る人であれば「赤城」「加賀」や「蒼龍」「飛龍」と言った、真珠湾以来の武功艦の名前を挙げたり、あるいは「艦これ」の影響で妙に知名度が広がった駆逐艦、「幸運艦・雪風」の名 […]

枯れまくった技術の集大成、ソードフィッシュ物語

ミリタリー雑学 0

Swordfish 2

1934年、ソ連のポリカルポフ I-16の運用が始まり、世界の軍用機は低翼・引き込み脚の時代に入りました。 イギリスのホーカー・ハリケーンが1936年、そしてドイツではメッサーシュミットBf109が1937年に実用化されます。 その流れの中で、1935年にイギリス海軍に採用された雷撃機、フェアリー・ソードフィッシュは時代に真っ向から背を向けた飛行機でした。 フェアリー・ソードフィッシュ ソードフィ […]

銀幕の中の軍用機

ミリタリーコラム 0

B-17 Sally B 2a

戦争映画で、戦車と共に主役を務めると言えば、軍用機です。 「キュラキュラ…」というキャタピラ音が先に聞こえてきて、登場するまでの緊迫感が描かれる戦車ですが、それに対して、軍用機、特に戦闘機はその速度ゆえに突如として現れて戦場の様相を一変させるという使われ方が多いようです。(最近では、映画プライベート・ライアンでトム・ハンクスと対峙し、ティーガーⅠを撃破したP51 マスタングが典型的な例です。) 映 […]

ゼロ戦はなぜ世界最強と呼ばれたのか

ミリタリー雑学 1

零戦 五二型 復元機 第七葉

一般にゼロ戦と呼ばれている、旧日本海軍の零式艦上戦闘機。 日本を代表する戦闘機であり、テレビゲームは全てファミコンと言ってしまうオジサン世代のように、軍用機であれば何でもゼロ戦と言ってしまう人が多い、名実ともに日本を代表する戦闘機です。 ゼロ戦に関しては様々な評価が為されており、評価をする人の立ち位置によっては駄作とも酷評され、また世界最強の戦闘機との称号が与えられることもあるなど、兵器や軍事に関 […]

勇気1つを友に。ヴィクトリア十字賞

ミリタリー雑学 0

BRITISH - CIRCA 1990: mail stamp featuring the Victoria Cross gallantry medal, circa 1990

コミック「サイボーグ009」の中で、印象に残っているシーンがあります。 主人公009と、同じく加速装置を持つ上に他の能力も持つ強敵のサイボーグ「アポロン」との会話です。 「君の能力はまさか加速装置だけじゃないだろうな」「あとは・・・勇気だけだ!」「なにっ」。 どこの戦場においても、兵士の勇気は大きな武器の一つと言えるでしょう。 ヴィクトリア十字章(Victoria Cross)は「敵前において勇気 […]

こんなこともあり得る戦場

ミリタリーの歴史 0

Tiger I

戦車が対戦車砲にやられたり、戦闘機が対空放火に撃破されるなら、これは普通に、想定されるであろう出来事です。 しかし、「まさかこんな・・・」ということが戦場では起きるのです。 鋼の錬金術師のグリードの口癖ではありませんが、「ありえないなんて事はありえない」のが戦場なのかもしれません。 バダビア沖海戦での吉と凶 まずは大日本帝国海軍が誇る酸素魚雷による「お手柄」です。 艦艇用の九三式酸素魚雷は最大で4 […]

大口径高射砲 アハト・アハト

ミリタリー雑学 0

88 mm gun eighty-eight 8.8 cm Flak

神はドイツ人に「アハト・アハト」を与え給うた、かどうかは知りませんが、クルップ社の8.8センチ対空砲(Flugabwehrkanone、略してFlak)はドイツ人にとって特別な兵器だと言えます。 まずはその開発の経緯ですが、第一次世界大戦でコテンパンにされたドイツは、敗戦後、連合国とドイツの間で締結された講和条約、通称、ヴェルサイユ条約でさらにダメージを受けました。 ヴェルサイユ条約の内容は大雑把 […]

世界で初めて空母を作った国

ミリタリー雑学 0

Japanese_aircraft_carrier_Hosho_1922

大艦巨砲主義で敗れたのか? 第二次世界大戦の初期は、戦争は空母と戦闘機、攻撃機や爆撃機といった、航空戦力が勝敗を決するという航空機全盛の時代への転換点でした。 そんな時代に日本海軍は、いつまでも旧時代の戦艦にこだわり、戦艦大和という無用の長物まで造艦した挙句に、「何の役にも立たずに撃沈をされた」、軍のトップは時代の流れを読めず、大鑑巨砲主義のまま戦争を遂行し、日本を敗戦に追い込んだというイメージを […]

多ければ良いってもんじゃない、残念な兵器

ミリタリー雑学 0

M50 Ontos Tank and 2 Marines

兵器は質より量という考えは、確かに一面の真理です。 いくらドイツのティーガーが1対1の戦いに強くても、Ⅰ型が1300両あまり、Ⅱ型が500両弱では、第2次世界大戦時のソ連軍の主力のT-34戦車が57000両もあると聞けば、個別の戦闘ではたとえ勝てても、戦争に負けてしまうのは想像に難くありません。 このような思想から、量を増やせば、質が多少悪くてもカバーできるだろう、との考えから色々なモノを、沢山つ […]

急造戦車にも五分の魂

ミリタリー雑学 0

Grant Medium 3 Tank, Bovington Tank Museum - Dorset.

戦車と言えば、国の命運を賭ける兵器として、綿密な設計のもとにテストを繰り返して開発し、満を持して配備・・・と通常なるはずですが、中にはのんびり構えていたら、世の動きが急に変わり、しかたなく「テキトーに作ったけど、これでもないよりましだよねっ」とばかりに世に送り出されたとしか思えない戦車もいくつか存在します。 そのような戦場の徒花をいくつか紹介したいと思います。 М3中戦車(アメリカ) まずはアメリ […]

丹賀砲塔砲台跡(丹賀砲台園地)

ミリタリー施設 0

tanga15

丹賀砲台園地は、大分県南部、佐伯市の鶴見崎にある旧日本軍の構築した豊予要塞の砲台跡のひとつです。 佐伯市街を抜け、米水津から県道604号線を鶴見崎へ、ちなみに鶴見崎は九州最東端の地でもあり、九州で最も早く初日の出が見られることでも知られています。 左手に海を見ながら海沿いの道を進むとトンネルの手前、左側に「丹賀砲台園地」の看板が見えます。 砲台を見るには入場料を払わないといけないのらしいのですが、 […]

大戦中の日本陸海軍兵器について

ミリタリー雑学 2

By: tata_aka_T

海軍の兵器 第二次大戦初期の日本軍の軍備は、世界的にみても欧米列強と比較してなんら遜色なく、特に海軍の艦船は優秀でした。 当時、日本の技術力の水準は高く、最速の駆逐艦だった島風は40ノットでの航行を実現、また大和型戦艦は46cmの大口径砲を合計9門を搭載しているにも関わらず、非常にコンパクトに設計され、しかも抜群の安定性を発揮、大和はレイテ海戦でアメリカ軍の魚雷攻撃を10発以上受けたにも関わらず転 […]

明大キャンパスに残る軍事施設跡

ミリタリー施設 0

Mitchell Monument, Bly, Oregon

明治大学生田キャンパスは、川崎市多摩区生田にの丘の上の、少し落ち着いた雰囲気のある場所ですが、この敷地の中に黒い鳥居を有したが神社があります。 小田急線生田駅を降りて少し歩くと、明治大学生田門に辿り着き、その生田門から右手に向かって進むと、校舎が現れた辺りの右手に生田神社が奉られています。 この生田神社という名称は、戦後、豊饒の神様を奉り直した際に改められたものであり、弥心神社(やごころじんじゃ) […]

劣悪だったイタリア軍の装備

ミリタリー雑学 0

Personnel of the Saskatoon Light Infantry (M.G.) with a 4.2-inch mortar, Militello, Italy, August 22, 1943 / Des membres du Saskatoon Light Infantry (M.G.) avec un mortier de 4,2 pouces à Militello (Italie), le 22 août 1943

イタリアはヨーロッパ近代帝国主義諸国の一角を占めてはいたものの、統一国家となったのは英仏に比べてはるかに遅く、国内産業の発達も遅れていました。 1923年にムッソリーニが政権を獲得した後も、その工業力の発展はあくまでゆっくりとしたもので、軍備に関しても同じで、その発達は緩慢なものでした。 これはムッソリーニが大して軍備に関心を持っていなかったことも原因で、ムッソリーニは自分の専門外のことに関しては […]

日本と魚雷

ミリタリー雑学 0

Torpedo Factory

魚雷は目標物へと向かい水中を航行、爆発によって破壊することを目的とした兵器で、魚型水雷(ぎょけいすいらい)の略です。 その歴史は長く、海戦で用いられるようになってから、現在に至るまで技術レベルの向上に合わせ高度に発展、進化し今なお用いられている兵器の一つです。 第2次世界大戦では、もっぱら水上艦に対する攻撃兵器の一つとして用いられた魚雷ですが、現在では対水上艦攻撃は対艦ミサイルに、その立場を譲る形 […]

太平洋戦争の和平工作

ミリタリーの歴史 0

By: Kibbe Museum

和平派の成立 日本側では、開戦後から既に早期和平を考える人々は個人レベルには存在し、政治家では近衛文麿や岡田啓介といった総理大臣経験者のいわゆる重臣、皇族の高松宮宣仁親王などが代表的であったが、日本が破竹の快進撃を続ける時期に早期和平を唱えることは難しく、連携して流れを形成するという具合にはならなかった。 具体的に和平への動きとして連携が始まったのは、ガダルカナル戦後の頃ではないかと考えられている […]

高速大型潜水艦と回天

ミリタリーの歴史 0

NRP Tridente (S160) Submarine dry dock in Kiel

1922年、ワシントン会議で締結されたワシントン海軍軍縮条約からの脱退により排水量の制限を受けなくなった日本海軍は、新たに巡潜型の開発に着手し、旗艦設備と航空機搭載型の大型潜水艦を建造を始めました。 これが甲型と言われるもので、3隻建造されたうち2隻が昭和12年度海軍補充計画で建造され、甲型は航空機の射出機を艦首に向けて設置し、格納筒も艦橋と一体型となってより迅速な発着艦が可能になりました。 機関 […]

必要に迫られている自衛力の強化

ミリタリーコラム 0

B-29 "Superfort"

戦争の定義に関する諸説 先の大戦が大東亜戦争なのか、あるいは太平洋戦争なのか、いろいろな意見があり、先の戦争が侵略なのか、自衛(防衛)のためにの戦いだったかについても同様である。 意見が分かれているが、それ以上に解決しなければならない問題がある。そこで、この記事では問題提起としておき「先の大戦」と表記する。 我国の戦争被害(②) 全国の主要都市で米軍のB29爆撃機により焼夷弾が落とされ、昭和20年 […]

空挺部隊用の小銃、旧日本軍の二式小銃(二式テラ銃)

ミリタリー雑学 0

By: U.S. Army Europe Images

二式小銃は大日本帝国軍(旧日本軍)が採用していた小銃のひとつで、二式テラ銃の別名でもよく知られている。 テラ銃のテラとは、挺身落下傘(「テ」イシン「ラ」ッカサン)の略であり、その略称が示すとおり、空挺部隊専用の小銃として開発されたものである。 第一次世界大戦末期に、本格的な落下傘(パラシュート)が開発されると、輸送機にパラシュートを背負った歩兵部隊を乗せ、敵地のど真ん中に空中から降下させる戦術が盛 […]

戦艦武蔵 – 日本帝国海軍の野望、71年ぶりに

ミリタリーコラム 0

Musashi-1-TeakChrysanthamum

戦艦武蔵は、昭和13年3月29日に長崎造船所で起工され、完成、進水は昭和17年8月5日。 準備期間も含めると完成まで何と8年もの歳月を要し、その間信じがたいほどの日本人の叡智と技術、労力が費やされた。 3年半を費やした建造期間中、一般市民はもちろん長崎市民でさえ気づくことのない、「幻の軍艦」として厳重な監視体制で建造工事が行われ、昭和19年10月24日、フィリピンのレイテ作戦参加中にシブヤン海で沈 […]

B-29爆撃機と対空砲

ミリタリーの歴史 0

By: KurtClark

トム・クルーズ主演の映画「トップガン」にイメージされるように、空軍のイメージは戦闘機と、そのパイロット達をイメージされる方は多いのではないでしょうか。 しかし、軍事上戦闘機だけでは戦争には勝てません。 敵の軍事施設を破壊し、インフラを破壊し、継戦能力を損耗させるのはやはり爆撃機です。 攻撃機ではなく、爆撃機こそが戦場の華ではないでしょうか。 その鈍重な機動性から決して戦闘機から逃れる事は出来ず、ハ […]

日本映画に見る海軍特攻兵器

ミリタリーコラム 0

By: SDASM Archives

映画「出口のない海」(2006 松竹)で、市川海老蔵演じた主人公が、学徒士官として特攻作戦に参加する。 ここに登場するのが、日本最初の特攻兵器・回天だ。 敗色濃い昭和19年10月から帝国海軍が実戦に配備した回天は、単独搭乗用の潜水兵器で、海中から敵艦に体当り奇襲する。 何しろ、大型酸素魚雷に外装を被せ、潜望鏡や操舵桿を組み込んだだけの簡単な構造で、もちろん安全帰還の望みは全くなかった。 そもそも潜 […]

« 前の記事へ