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古代武器の歴史

2015年1月13日 照り焼きマカシ ミリタリーの歴史

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銃や大砲、または、戦闘型ジェット機、ヘリコプターからのミサイルといった武器が、現代の軍隊では使われています。

しかし、近代的な武器がまだなかった時代にも戦争はたくさん起きており、さまざまな武器が軍隊によって使用されていました。

古代の剣

ここで古代の軍隊で使われていた、武器の歴史についてお伝えします。

武器に関して、発見されている最も古い歴史的資料は、、古代にパレスチナに住んでいたヘブライ人が用いた、ヘブライ語で書かれたものです。

その資料には、ヘブライ語でヘレヴという言葉で呼ばれている武器についての言及があり、ヘレヴとは剣であることが現代の研究によって、わかっています。

剣には短剣、のみ、小刀など色々な種類のものがありますが、ヘレヴはこれら全てを含む、剣全般を意味しています。

この資料によると、当時の戦闘でもっとも多く使われた武器が、剣であったことがうかがい知れます。

また、当時の剣は柄と金属製の刃で構成されており、刃は真鍮や鉄、銅、もしくは鋼鉄製で、剣を使った戦闘方法は相手を切る、もしくは刺し通すというものでした。

先にも述べたように、ヘレヴという言葉が指す剣には、短いものや長いもの、また片刃の剣やもろ刃の剣など種類も豊富でした。

考古学者の発見では、当時の人は短剣と剣を長さによって区別していたようで、約40センチ以上のものを剣、それ以下のものを短剣と区別していました。

剣は大抵の場合、腰帯の左側につるされ、刀身は鞘、つまり剣もしくは短剣を入れるケースやカバーに納められていました。

大抵の鞘は革製であり、非常に丈夫、日本の侍はこの当時、まだ存在していませんでしたが、ヘブライ語を話していた人たちが侍と同じように剣を使い、それを鞘に収めていたという事実は非常に興味深い話です。

剣は長い間、戦闘の際の主要な武器として用いられてきました。

発見された考古資料によると西暦30年ころ、今のイスラエル付近に住んでいた住民に対して剣を持つように、という指令が出されたことがありました。

当時この地域に住んでいた住民は、政治的にローマとのかかわりが強く、そのため戦いに巻き込まれることが度々ありました。

そのような紛争に対処するため、自分の外衣を売ってでも、剣を購入し、携帯するようにしていたのです。

飛び道具の源流

剣の他にも様々な武器が使われており、たとえば、槍や小槍、投げ槍、投げ矢などは古代の軍隊が使用していた武器として有名です。

これらは、すべて柄の先端に鋭くとがったものなど、刀身を取り付けて敵軍兵を突き刺したり、それを投げつけて相手にダメージを与えるという武器でした。

これらの武器、特に投げ槍や投げ矢などは今の時代に使われている飛び道具、つまり銃やミサイルといったもののアイディアを提供しています。

これら四つの武器のうちで最も大きかったのは槍です。

柄は木でできており、非常に長いもので、そして柄の先には鋭くとがった石、もしくは金属製の刀身が取り付けられていました。

多くの兵士は戦闘時においての槍は、剣に次いで重要なものであると考えており、使用頻度はかなり高かったようです。

興味深いことに槍の中には戦闘が中断したときなど、それを地面に突き刺しておけるような作りをしたものがあり、兵士は重い槍を不必要に抱える必要はなかったようです。

考古資料の中に、槍の具体的な長さに言及されているものもあり、ある資料によれば、その長さは約1.8メートルあったと書かれており、槍が非常に長いものであったことが理解できます。

また、それよりも少し短めに作られたものが投げ槍で、投げ槍には先のとがった金属製の刀身が取り付けられていました。

使用方法は呼んで字のごとく、それを相手に投げつける使い方で用いられました。

投げ槍はそれを投げやすくするため、在来型の槍よりも軽量に作られ、槍のようにして使うほか、投げて使うのが本来の目的であったため、投げ槍を携行するときは手に持つのではなく、それを背負うのが一般的でした。

投げ槍と似ているものの、それとは少し異なるのが投げ矢です。

投げ矢は弓で射る弓矢に似た形状をした、弓矢より長さの短い飛び道具です。

石、もしくは金属製の刀身が付けられていた投げ槍とは異なり、多くの場合先をとがらせた木製の棒が投げ矢として使われていました。

発見された資料では、投げ矢はヘブライ語でシェラハと呼ばれており、字義的には飛び道具を意味しています。

また、もう一つヘブライ語で投げ矢を表す言葉が見つかっており、ジッキームという言葉で、火矢を意味します。

投げ矢は、それ自体を殺傷能力のある武器として使うこともあれば、矢に火をつけ、相手の陣地を火で燃やす目的で使われることもありました。

ローマ人は葦でできた投げ矢を使い、下部に燃えるナフサを詰められる鉄製の容器を付けました。

弦をピンと張った弓で射は矢にスピードを与えてしまい、素早く飛んだ矢についた火は空中で消えてしまうため、この投げ矢を用いる場合、弦の緩い弓を用いてそれを射りました。

大抵の場合、敵陣や燃やすことを試みる建物などは大きく、それらに当たりさえすれば火のついた投げ矢の目的は達成されるため、このような火のついた投げ矢の落下位置は、決して正確でなくても問題はありませんでした。

敵自体にダメージを与える目的で作られた矢は、正確に飛ばさなければ意味がないため、そのような目的で使われる矢には様々な工夫が施され、矢は葦の茎、もしくは軽い木でできていました。

矢を軽くすることで、飛距離を伸ばすこと、持ち運びに便利であるという利点があります。

さらに、矢の本の部分には、羽根が取り付けられ、この羽根によって弓で射られた矢は真っ直ぐに飛ぶことが可能になったのです。

矢じりは燧石か骨で作られるのが一般的で、後に金属で作るものが主流となりました。

また殺傷力を高めるため、矢を毒に浸すこともしばしばあり、大抵の場合、矢は革製のケース、もしくは矢筒に30本入れて携帯し、兵車を使った戦闘では矢筒に50本程度の矢が入れることもありました。

矢よりも飛距離は出ないものの、相手にダメージを与える戦闘方法として、石投げもよく用いられました。

石投げといっても、ただ単に石を投げるだけではなく、通常は革ひも、もしくは動物の腱、いぐさ、あるいは毛などの材料を編んで作った帯状の紐を用いて石を遠くに飛ばします。

この紐の真ん中の部分には、石投げのくぼみという、幅広の石置きが付いており、そこに石をセットして投げます。

石投げ紐の使い方はまず、一方の端を手首に結び、他方の端は手に握り、石をセットした状態で石投げを頭上で振り回しながら勢いをつけ、最終的に石を投げたい方向に向けて手を離すと、勢いのついた石が敵に向って飛んでいくのです。

弾となる石は、どこでも簡単に拾うことができたため、この石投げ紐は戦闘で非常に重宝したようです。

これらは主に紀元前に考え出されたもので、中には狩猟がヒントになって作り出されたものもあり、これらの武器の使用に関しては、その記録がはっきりと残っていることから信憑性は非常に高いとされています。

その後の火薬の発見で、火薬の使用が一般的になったことで、武器の技術は一気に進歩しますが、それまでは比較的原始的な武器が長い間、戦闘では使われていたのです。

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