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ミリタリーの歴史

トイガンレビュー コラム ミリタリー雑学 ミリタリーの歴史 特集ページ

名狙撃手は存在したのか?沖縄戦、米軍司令官をめぐる謎

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By: USMC Archives

第二次世界大戦では日本だけでなく世界中の国々が激戦に巻き込まれ、おびただしい死者を出した。 日本も国力が劣勢ながら玉砕も辞さない強硬な姿勢で各地で死闘を繰り広げたことは戦史に新しい。 火力・生産力で優勢なアメリカ軍でさえ対日戦では手を焼いて時には甚大な被害を出している。 太平洋での絶望的な状況ながらの日本軍の敢闘ぶりは敵味方を問わず様々な記事や書籍で述べられているのでご存知の方も多いだろう。 日本 […]

ラップランド戦争 – フィンランドの戦い、最終章

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By: Municipal Archives of Trondheim

戦争は始めるのは簡単ですが、終わらせるのは非常に困難であるのはいつの時代も同じです。 1939年の「冬戦争」に始まり、ようやく1944年9月に何とか独立を保つ形でソ連との講和を結んだフィンランドでしたが、困難な「宿題」が残っていました。 講和の条件の中に「フィンランドの領内に存在する全ドイツ部隊を武装解除する」というものがあったからです。 これはフィンランドにとっては物理的にも厄介でしたが、それ以 […]

継続戦争 – 血を流す外交、血を流さない戦争

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By: ri Sa

「戦争とは血を流す外交であり、外交とは血を流さない戦争である」という言葉があります。 冬戦争に続いてソ連とフィンランドの間で戦われた継続戦争ほどこの言葉に実感が伴うケースもないでしょう。 冬戦争ではフィンランド対ソ連という図式でしたが、継続戦争ではドイツが関係してきているので複雑な構図となっています。 冬戦争以来、ソ連はフィンランドへの物資の輸出入を差し止め、経済的に圧迫する一方、様々な形で内政干 […]

冬戦争 – 小さな国の大きな勝利

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By: Leo-setä

送り届けられた若者の遺体にすがりつき泣く老婆・・・・以前NHK「映像の世紀」で、バルト三国のこのような映像があったことを思い出します。 若者に取りすがって泣いているのは、母親でなく実はかつての恋人や妻でした。 若者はソ連に強制連行されてシベリアの地で亡くなり、永久凍土に埋められたため、シベリアで発見されたマンモスと同じく、若々しい姿を保っていたのです。 ソ連の恫喝でバルト三国は、1940年9月末か […]

フィンランド、サンタの国の空の死闘

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Fokker D-XXI

フィンランドという国のイメージを聞かれたらどう答えますか? ムーミン、サンタ・クロース、キシリトールという声は聞けますが、かつて人口370万人であったフィンランドが、人口1億7000万人のソ連を相手に2度の戦争したことは、一般にはあまり知られていないでしょう。 冬戦争、たった36機の戦闘機隊 1939年11月の末、ソ連の寛大な申し出を断ったフィンランドに対し、ソ連は歴史ある街、テリヨキに爆撃を加え […]

幻の巨大空母 信濃

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Battleship "YAMATO" (大和)

世界最強の戦艦が空母に 旧日本海軍の中で、知っている軍用艦の名前を挙げて見て下さいと、街ゆく人にアンケートをとってみたら、おそらく帰ってくる答えとして一番多いのは、戦艦大和ではないでしょうか。 少し近現代史が好きな人や、空母に歴史の知る人であれば「赤城」「加賀」や「蒼龍」「飛龍」と言った、真珠湾以来の武功艦の名前を挙げたり、あるいは「艦これ」の影響で妙に知名度が広がった駆逐艦、「幸運艦・雪風」の名 […]

こんなこともあり得る戦場

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Tiger I

戦車が対戦車砲にやられたり、戦闘機が対空放火に撃破されるなら、これは普通に、想定されるであろう出来事です。 しかし、「まさかこんな・・・」ということが戦場では起きるのです。 鋼の錬金術師のグリードの口癖ではありませんが、「ありえないなんて事はありえない」のが戦場なのかもしれません。 バダビア沖海戦での吉と凶 まずは大日本帝国海軍が誇る酸素魚雷による「お手柄」です。 艦艇用の九三式酸素魚雷は最大で4 […]

戦闘用船舶の種類と歴史

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By: Patrick Feller

船一般を表す言葉として「船舶」というものがありますが、一方で「艦船」という言葉も聞かれます。 「艦船」という言葉は、戦闘用の軍用船と民間船などの非戦闘船を区別する必要がある時に用いられているようです。 「艦」という言葉は「いくさぶね」と訓読し、もともとは上下に床を施し、四囲に盾としての板を張り巡らして矢石を防ぐことができるようにした、戦闘用の船舶のことと言われています。 そのためか日本では戦国時代 […]

自衛隊の歴史と装備

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JSDF

国土を防衛する自衛隊とは 日本の空と海、そして国土を防衛している組織自衛隊について、その成り立ちから現在までの歴史と、所有する装備についてご紹介していきます。 自衛隊の始まり 戦後すぐに日本の隣の朝鮮半島で、朝鮮戦争が勃発しました。 そのため日本駐留米軍が殆ど半島に移動してしまい、1950年に日本では暴動などに備える治安部隊が必要になったのです。 治安部隊として、まず重武装を持った警察予備隊を設置 […]

銃剣の成り立ちと変遷

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Bayonet3

革命的アイディア武器、銃剣とは ミリタリーが好きな人であれば一度は目にしたことがあるであろう銃剣。簡単に言ってしまえば、銃を槍に変える道具です。 しかし、なぜ飛び道具である銃を、槍として使う必要があったのか、銃剣の成り立ちと変遷を追ってみましょう。 銃剣の成り立ち 銃剣が誕生したのは、17世紀のフランスで起きた農民同士の抗争からだ、と言われています。 当時の銃器というのは前装式という、銃口から銃弾 […]

クロスボウと百年戦争

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Medieval crossbow

小さい子供に「ロケット描いてみて」、と頼めば、十中八九は先端は尖らせ、末端には後ろの方に傾斜が付いた羽を描くことでしょう。 これは「ノーズコーン」と呼ばれる先端部と、後退翼がついた安定翼というデザインが子供にも浸透していることを示します。 ミサイル兵器にこのデザインが見られるのは近代以降では、ドイツが第2次世界大戦で用いた史上初の弾道ミサイル、「V2」です。 ここで「近代以降では」と言ったのは、実 […]

太平洋戦争の和平工作

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By: Kibbe Museum

和平派の成立 日本側では、開戦後から既に早期和平を考える人々は個人レベルには存在し、政治家では近衛文麿や岡田啓介といった総理大臣経験者のいわゆる重臣、皇族の高松宮宣仁親王などが代表的であったが、日本が破竹の快進撃を続ける時期に早期和平を唱えることは難しく、連携して流れを形成するという具合にはならなかった。 具体的に和平への動きとして連携が始まったのは、ガダルカナル戦後の頃ではないかと考えられている […]

高速大型潜水艦と回天

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NRP Tridente (S160) Submarine dry dock in Kiel

1922年、ワシントン会議で締結されたワシントン海軍軍縮条約からの脱退により排水量の制限を受けなくなった日本海軍は、新たに巡潜型の開発に着手し、旗艦設備と航空機搭載型の大型潜水艦を建造を始めました。 これが甲型と言われるもので、3隻建造されたうち2隻が昭和12年度海軍補充計画で建造され、甲型は航空機の射出機を艦首に向けて設置し、格納筒も艦橋と一体型となってより迅速な発着艦が可能になりました。 機関 […]

狙撃銃の歴史と進化

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82nd Airborne Division Air Assault

狙撃銃はその名称の通り、狙撃に用いることを目的とした小銃ですが、時には小銃以外の銃器が狙撃に用いられることもあるため、その定義は非常に曖昧なものになっています。 しかし、多くの場合では高倍率の光学照準器を装備し、高い精度を有し、射程が比較的長いという共通点があります。 狙撃銃の設計は、専用に設計されるか、既存の銃器の中から高い精度を持っているものを流用し、改造して用いるパターンが多く取られます。 […]

ワシントン海軍軍備制限条約と大鑑巨砲主義

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Big guns on the USS Alabama

もし、1922年2月に締結されたワシントン海軍軍備制限条約の第六条「何れの締結国の主力艦も口径16インチを越える装備することを得ず」を含む協定に署名していなかったら、日、米、英海軍は、主力艦に主力艦にどんな口径の主砲を採用したのでしょう。 当時建設中の「長門」「陸奥」の主砲は、名称「45口径3年式41センチ砲」として大正6年7月17日付内令兵9号により、名称「45口径3年式40センチ砲」として公表 […]

湾岸戦争の概略と陸上戦力比較

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New York City - World Trade Center & Marriott Hotel

はじめに 2001年9月11日、通称9.11(きゅーてんいちいち)と呼ばれる、イスラムによるアメリカ攻撃から、現在のイスラム国との戦闘まで、現在は第3次世界大戦と呼ばれてもよい状況になっているという識者もいる。 もちろん、世界大戦と誇大に言わなくても、現在が戦争状態であり、「平和」ではないことは、いくら平和ボケした我々日本人でも連日のニュースから認識しているだろう。 9.11から始まる一連の戦争を […]

将兵の士気を保つための売店、酒保

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By: Ben Salter

旧日本陸海軍における酒保とは 旧日本海軍の場合は軍艦内に、旧日本陸軍の場合は連隊内に設置された物品販売所である。 販売されている物品は多岐にわたり、干し菓子・缶詰・瓶詰・漬け物といった食料品に始まり、日本酒・ビール・ウイスキー・サイダー・ラムネ・煙草といった嗜好品、歯磨き粉と歯ブラシ・ちり紙・石鹸・コンドームといった衛生用品、鉛筆・便箋・封筒・インクといった文具用品、手ぬぐい・下着・裁縫用具まで販 […]

幕末を代表する兵器、アームストロング砲

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アームストロング砲というと、日本の幕末をテーマにしたテレビ作品等にはほぼ必ずといってよいほど登場する、広く名前の知られた幕末期の最新式火砲である。 現代の日本では、その名前を聞くだけで幕末維新や戊辰戦争をすぐに連想させるほどのネームバリューを持つが、どのような火砲であったのかは知名度ほどには知られていない。 テレビ作品でも正確に発射の様子が再現されたことはほとんどない、といっても過言ではなく、「有 […]

最初の戦車、Mark1の開発

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By: Gwydion M. Williams

第一次世界大戦、ヨーロッパの戦線では「塹壕」「鉄条網」「機関銃」という3点セットが成立したため、歩兵による突破も、騎兵による撹乱も非常に困難になりました。 お互いが陣地にこもったままにらみ合い、強力ですが効果はイマイチな制圧砲撃、散発的な攻撃と圧倒的な防御で、ただひたすらに死体ばかりが増えていく戦場は、列強諸国をして「このままだと国が失血死するかもしれん」と思わせるほどでした。 塹壕と鉄条網と機関 […]

B-29爆撃機と対空砲

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By: KurtClark

トム・クルーズ主演の映画「トップガン」にイメージされるように、空軍のイメージは戦闘機と、そのパイロット達をイメージされる方は多いのではないでしょうか。 しかし、軍事上戦闘機だけでは戦争には勝てません。 敵の軍事施設を破壊し、インフラを破壊し、継戦能力を損耗させるのはやはり爆撃機です。 攻撃機ではなく、爆撃機こそが戦場の華ではないでしょうか。 その鈍重な機動性から決して戦闘機から逃れる事は出来ず、ハ […]

騎兵から戦車へ

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By: Expert Infantry

古来より、戦場における移動速度は火力や防御力と並び、そして時にはそれらを上回る価値を持つ重要な要素でした。 まず単純に、速度の乗った一撃はその威力を大幅に増しますし、高速で動く敵は攻撃を当てるのも困難になります。 また、集団戦闘において隊形は、ほぼ必ず弱い面や苦手な方向を持ちますので、そうした側面・背面に戦力を素早く届けることができれば、正面からぶつかるより大きな打撃を期待できます。 加えて、速度 […]

歴史的陣形と現代の陣形

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By: Jayel Aheram

歴史映画で、きれいな幾何学的陣形を組んだ兵士たちが、足並みを揃えて進軍する様子を見ることがあります。かつての戦争では、陣形の発達がそのまま戦術の発達、といってもいいものでした。 縦陣と横陣 最も基本的な陣形は縦陣と横陣です。 縦陣とは、そのまま軍の進行方向に対して数列に並んで進む陣形です。 この陣形の利点は最も歩きやすい道を全員が進めることで、進軍するとき多くはこの陣形を組んで進みます。 また戦闘 […]

日本本土決戦とその体制

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By: Richard

日本政府が「日米の天王山」と呼号し、死守すべく全力を注いだフィリピン。 次第に戦況は悪化し、フィリピンの失うと、アメリカ軍の本土侵攻は時間の問題となりつつありました。 アメリカ軍の作戦はいたって単純で、B-29による爆撃や機雷投下により、 日本の戦争能力を完全に止めてしまうものでした。 アメリカ軍潜水艦の攻撃で多くの輸送船が沈み、マリアナ海戦とレイテ沖海戦で敗れた後の日本軍は、制海・制空権をアメリ […]

アメリカ軍の上陸と本土決戦

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By: Navy Medicine

太平洋戦争があのまま続けば必ず発生したであろう、本土決戦。 実際は沖縄戦の後、1945年秋に予定されていた本土上陸作戦が実行に移される前に、終戦を迎えたわけですが、実際に本土決戦が起きていたら、どのようなことになっていたのか。 今回は、本土決戦の可能性と予測されるさまざまな状況を推察してみたいと思います。 アメリカ軍は二段階の作戦を計画し、日本本土に上陸する計画だったことは皆さんもご存知かと思いま […]

マークI – WW1で戦った最初の戦車

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By: Peter Trimming

地上最強の兵器 現代において、陸地での戦いで最も強力な兵器と言えば何かと問われれば、殆どの人は戦車だと答えるでしょう。 事実、陸上戦において戦車以上に火力・装甲・機動力をバランスよく備えた兵器は存在しません。 対戦車ミサイルや対戦車榴弾のように、理論上戦車を破壊しうる武器ありますが、それらをもってしても戦車以外の陸上兵器が、戦車と対等に渡り合うのは難しいのです。 黎明期 – 菱形戦車マ […]

特攻をしなかった芙蓉部隊

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turugi

昭和20年、残された戦力として温存された航空機は、「特攻」という常軌を逸した作戦に使用されることとなり、まともな訓練も受けることなく、離陸がなんとかこなせる程度の訓練を受けた若者が、沖縄、硫黄島、日本近海など、さまざまな場所で跳躍するアメリカ機動部隊に立ち向かって行きました。 既に日本軍には、一般的な航空作戦を展開できる力が残されていなかったのではなく、それを実践できる搭乗員がいなかったのです。 […]

日本海軍特殊艦艇から見える、軍の後方支援軽視の思想

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By: FDR Presidential Library & Museum

太平洋戦争時の日本海軍の艦艇というと、戦艦大和や空母赤城などの大型艦艇や、ちょっとした知識がある人でも、重巡洋艦高雄、駆逐艦雪風や伊号潜水艦など、のいわゆる戦闘艦をイメージする人が多いだろう。 しかし、戦闘艦艇が「艦隊」として運用、あるいは作戦を完遂させるために使われた艦艇は、上記の戦闘艦艇だけではない。 本稿では、いわば「特殊艦艇」として、連合艦隊を裏から支えた艦艇について概説し、いかに後方支援 […]

台湾沖海戦の報道問題

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By: Kazuhiro Nakamura

昭和19年(1944)10月、大本営陸海軍部発表に、日本中が歓喜の声を上げた。 台湾沖での戦闘で帝国海軍が、敵航空母艦撃沈11隻、撃破8隻と大きな戦果を上げたと、報道されたのだ。 数日後には、祝勝の国民大会が開かれ、小磯国昭首相は意気揚々とこの大戦果を報告している。 実はこれ、まったくのウソだったのだ。 現実離れした作戦 昭和17年(1942)6月、ミッドウェイ海戦で、帝国海軍は空母4隻を喪失、昭 […]

古代の重戦車軍団

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By: Roger Davies

古代の中東、フェニキア人の都市国家は地中海文化を謳歌していた。 そのフェニキア人の植民都市の一つに、カルタゴがある。 現在のチュニジアに興ったカルタゴは、紀元前5世紀頃には地中海を縦横に航行する海洋国家に発展した。 ギリシアの都市国家と、地中海の覇権を争ったカルタゴは、紀元前3世紀にはシチリア島にまで進出。 今度は、ローマと角を突き合わせることになる。 当時のローマは、アドリア海対岸にこそ領地を得 […]

ナチス空軍の新兵器

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By: Thomas Quine

ドイツ第三帝国がヴェルサイユ条約を破棄、空軍の再建にも踏み出したのは1935年3月。 ジェット・エンジンの開発を進めていたドイツは、次にロケット・エンジンの実用化にまで、手を伸ばそうと目論んでいた。 1931年にデッサウ基地から、液体燃料ロケットの発射実験に成功してから2年が経過、早くもパイロットの搭乗が検討されていたのだ。 陸海両軍は、旧来の軍需産業が研究機関を主導していたのに対し、航空機産業は […]

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